美しい月
「あぁ…俺もだ。お前が俺を忘れてしまうのではないかと…」
「私も不安で堪らなかった…遠距離だし…でもサイードは私に永遠をくれるんでしょう?」
「全て、お前のものだ」
互いに不安でいた。出会ってろくに互いを知り合う機会もなく、想いばかりが燃え上がる恋だった。
出会いから僅か五日――永遠を誓い合うまでに過ごした時間は、実質二日にも満たないものだ。瞬時に燃え上がった想いは、燃え尽きて灰になるのも早いのではと、互いが相手を疑って不安になっていた。
「こう急くとは思いもしなかったが…俺に後悔はない。お前にもさせない。先は長い…お前に辛い思いをさせる事もあるかもしれん、だが…お前をそれ以上の幸福で包み、誰よりも幸福な永遠で包んでみせる」
「…私も…誰かに永遠を誓う時が来るなんて…」
「誰かじゃない、俺に、だ」
微苦笑する美月を深く抱き込む。美月のちょっとした言い回しにすら、嫉妬しているのだ。
そんなサイードに愛しさは募る。
「そうね。でも本当に…サイードを信じて付いて行くわ。ただ付いて行くのではなく、あなたを支えて、あなたの隣に立って。ただ守られるだけにはなりたくないの」
「勿論だ。美月は愛されるだけのお飾りの妻ではない」
歴代王族の妻と言えば、後ろ盾のある者やその美しさを誇る者など、本人が公務や執務に同伴以外で携われる者はない。表立つ場には顔を出さないのが習わしだった。美月がサイード妃となる事で、その習わしも変わるだろう。女性が手に職を持つ事が、シャーラムにも広がるだろう。
「さぁ…無粋な話はここまでだ。今からはすべき事がある…そうだろう?」
仄かに頬染めた美月に、サイードは不敵に笑う。その瞳は未だ激しい情欲の焔を燃え滾らせている。
「蜜月は…二人きりの時間を誰にも邪魔されず、昼夜を問う事なく過ごすのが決まりだ。その間は生まれたままの姿で言葉より先にまず口付ける」
「期間は?」
「そうだな…気が済むまで」
宣言通りにキスをしてから口を開く。
「それじゃあ終わりがこないわね」
「永遠、だからな」
「永遠の蜜月なのね」
「そうだ。婚儀の式典を挟むが、それもおよそ五日後だ。式典前夜にはカシムが準備の為に声を掛けるだろう」
口を開く前に毎回触れるだけの口付けをしながら、微笑む。
「気になる事もあるだろうが…まずは……」
口付けて、着衣に手を掛ける。
「俺はミツキの躯が気になる」
「私は…サイードが心配だわ。あんな……事、また…したり…してるんじゃ、ないかって」
恥ずかしげに口を開いた美月に、サイードは加虐に駆られる。
「あんな事、とは?」
「イ…イギリス、の…ヴォルフ邸、で…」
「…何かあったか?」
口角を上げたサイードは確信犯だ。美月が恥ずかしがっているのを、神妙な様を装いながらニヤニヤと見つめている。
「サイードっ」
「ミツキが言い辛いような恥ず事など…記憶にないな…」
すっかり美月から着衣を剥ぎ取り、自身も美月を跨いで膝立ちし、脱ぎ捨てる。
「もう待てん…察しろミツキ。これ以上焦らされれば、手荒く抱いてしまいそうだ」
膝立ちのサイードの屹立が、言葉以上に限界を訴える。別の生き物のように脈動し、解放を待ち侘びているのだ。
「いい加減、妻がいると言うのに右手の世話になるのは御免だ」
サイードが自らを慰める様を思い出した美月は、羞恥に堪えながら怖ず怖ずと右手を伸ばす。指先が触れた途端に大きく跳ねたそれを、そっと輪にした手に包み、動かす。
「っ、ミ…ミツキ!?」
「…私の右手は?」
「…ぅ、っ」
緩急つけた動きに、思わず腰を引いて逃げる。だが美月が躯を起こして追い縋る。
「ま、待てミツキっ!」
慌てたサイードが、美月から逃れて天蓋の柱に躙り寄る。
「駄目だっ!」
強引で不遜な態度が目立つサイードの珍しい逃げ様が可笑しくて、美月は少々大袈裟に嘆いて見せる。俯いて片手を口元へやりながら、逆の手をベッドに付く。
「ミ、ミツキ!お前に触れられるのは嫌ではないんだ…だが…お前にそんな事…」
「…いいの…断りもなくした私もいけな…」
「違うっ…お前は娼館の女のような真似をする必要はない!」
「……………え?」
たっぷり十数秒、首を傾げた美月だが、サイードが慌てる理由を理解出来ていない。
「これは穢れだ。蜜壷以外で触れるのは娼館の女たちだけだ」
「……サイードは…された事、ないの?」
「そんな事があるわけないだろうっ!宛がわれた女を相手にした事はあるが、ハレムに入れる事を前提にした女ばかりだ。それでもその気になれず、それきりだ。王族は娼館の世話になる事はない」
「…文化の違いなのかしら…」
「な、んだと!?日本は当たり前なのか!?ではミツキも…っ!?」
小さく呟いたミツキに、逃げていたはずのサイードが躙り寄って、肩を掴む。
「……もう昔の事だけど…そんな私じゃ、嫌…よね」
顔を背けた美月に、サイードは歯軋りした。
「……、…だ」
「……ごめんなさい、サイー…」
「どこの男だ!?密かにこちらに攫って砂漠のど真ん中に捨て置いてやる!ミツキがそうして触れた男全て、この世から抹殺してやる!」
「サ、サイード!?」
脱ぎ捨てた着衣を手に、サイードが声を荒げた。
「カシム!どこだ、カシム!」
「サイード!」
「私も不安で堪らなかった…遠距離だし…でもサイードは私に永遠をくれるんでしょう?」
「全て、お前のものだ」
互いに不安でいた。出会ってろくに互いを知り合う機会もなく、想いばかりが燃え上がる恋だった。
出会いから僅か五日――永遠を誓い合うまでに過ごした時間は、実質二日にも満たないものだ。瞬時に燃え上がった想いは、燃え尽きて灰になるのも早いのではと、互いが相手を疑って不安になっていた。
「こう急くとは思いもしなかったが…俺に後悔はない。お前にもさせない。先は長い…お前に辛い思いをさせる事もあるかもしれん、だが…お前をそれ以上の幸福で包み、誰よりも幸福な永遠で包んでみせる」
「…私も…誰かに永遠を誓う時が来るなんて…」
「誰かじゃない、俺に、だ」
微苦笑する美月を深く抱き込む。美月のちょっとした言い回しにすら、嫉妬しているのだ。
そんなサイードに愛しさは募る。
「そうね。でも本当に…サイードを信じて付いて行くわ。ただ付いて行くのではなく、あなたを支えて、あなたの隣に立って。ただ守られるだけにはなりたくないの」
「勿論だ。美月は愛されるだけのお飾りの妻ではない」
歴代王族の妻と言えば、後ろ盾のある者やその美しさを誇る者など、本人が公務や執務に同伴以外で携われる者はない。表立つ場には顔を出さないのが習わしだった。美月がサイード妃となる事で、その習わしも変わるだろう。女性が手に職を持つ事が、シャーラムにも広がるだろう。
「さぁ…無粋な話はここまでだ。今からはすべき事がある…そうだろう?」
仄かに頬染めた美月に、サイードは不敵に笑う。その瞳は未だ激しい情欲の焔を燃え滾らせている。
「蜜月は…二人きりの時間を誰にも邪魔されず、昼夜を問う事なく過ごすのが決まりだ。その間は生まれたままの姿で言葉より先にまず口付ける」
「期間は?」
「そうだな…気が済むまで」
宣言通りにキスをしてから口を開く。
「それじゃあ終わりがこないわね」
「永遠、だからな」
「永遠の蜜月なのね」
「そうだ。婚儀の式典を挟むが、それもおよそ五日後だ。式典前夜にはカシムが準備の為に声を掛けるだろう」
口を開く前に毎回触れるだけの口付けをしながら、微笑む。
「気になる事もあるだろうが…まずは……」
口付けて、着衣に手を掛ける。
「俺はミツキの躯が気になる」
「私は…サイードが心配だわ。あんな……事、また…したり…してるんじゃ、ないかって」
恥ずかしげに口を開いた美月に、サイードは加虐に駆られる。
「あんな事、とは?」
「イ…イギリス、の…ヴォルフ邸、で…」
「…何かあったか?」
口角を上げたサイードは確信犯だ。美月が恥ずかしがっているのを、神妙な様を装いながらニヤニヤと見つめている。
「サイードっ」
「ミツキが言い辛いような恥ず事など…記憶にないな…」
すっかり美月から着衣を剥ぎ取り、自身も美月を跨いで膝立ちし、脱ぎ捨てる。
「もう待てん…察しろミツキ。これ以上焦らされれば、手荒く抱いてしまいそうだ」
膝立ちのサイードの屹立が、言葉以上に限界を訴える。別の生き物のように脈動し、解放を待ち侘びているのだ。
「いい加減、妻がいると言うのに右手の世話になるのは御免だ」
サイードが自らを慰める様を思い出した美月は、羞恥に堪えながら怖ず怖ずと右手を伸ばす。指先が触れた途端に大きく跳ねたそれを、そっと輪にした手に包み、動かす。
「っ、ミ…ミツキ!?」
「…私の右手は?」
「…ぅ、っ」
緩急つけた動きに、思わず腰を引いて逃げる。だが美月が躯を起こして追い縋る。
「ま、待てミツキっ!」
慌てたサイードが、美月から逃れて天蓋の柱に躙り寄る。
「駄目だっ!」
強引で不遜な態度が目立つサイードの珍しい逃げ様が可笑しくて、美月は少々大袈裟に嘆いて見せる。俯いて片手を口元へやりながら、逆の手をベッドに付く。
「ミ、ミツキ!お前に触れられるのは嫌ではないんだ…だが…お前にそんな事…」
「…いいの…断りもなくした私もいけな…」
「違うっ…お前は娼館の女のような真似をする必要はない!」
「……………え?」
たっぷり十数秒、首を傾げた美月だが、サイードが慌てる理由を理解出来ていない。
「これは穢れだ。蜜壷以外で触れるのは娼館の女たちだけだ」
「……サイードは…された事、ないの?」
「そんな事があるわけないだろうっ!宛がわれた女を相手にした事はあるが、ハレムに入れる事を前提にした女ばかりだ。それでもその気になれず、それきりだ。王族は娼館の世話になる事はない」
「…文化の違いなのかしら…」
「な、んだと!?日本は当たり前なのか!?ではミツキも…っ!?」
小さく呟いたミツキに、逃げていたはずのサイードが躙り寄って、肩を掴む。
「……もう昔の事だけど…そんな私じゃ、嫌…よね」
顔を背けた美月に、サイードは歯軋りした。
「……、…だ」
「……ごめんなさい、サイー…」
「どこの男だ!?密かにこちらに攫って砂漠のど真ん中に捨て置いてやる!ミツキがそうして触れた男全て、この世から抹殺してやる!」
「サ、サイード!?」
脱ぎ捨てた着衣を手に、サイードが声を荒げた。
「カシム!どこだ、カシム!」
「サイード!」