美しい月
『兄上、ミツキは俺が連れて行こう』
『…ではサイード、頼んだぞ』

頷いたサイードはアズィールをディナーに誘った。

『いや…無粋な真似をするつもりはない』

微苦笑したアズィールは、そのままホテルの部屋を後にした。

『ミツキ、さぁ食事にしよう』

ダイニングで二人きりのディナーを言葉少なに終えると、美月はまだ足を踏み入れていない彼女の為のスペースに向かう。だがそれより早く、サイードは主寝室に引き込んだ。

『殿……っ』
『本当なら…一分一秒たりとも譲りたくはない』

ドアと逞しい胸に挟まれて、美月は身動きが取れないでいた。

『仕事であろうが、相手が俺以外の男である事に我慢がならない』

あたかも心から愛する恋人を前にしたかのように、サイードは己が独占欲を吐露する。

『ミツキ…俺の美しい月…お前は俺のものだ』

【俺の美しい月】…そのフレーズはサイードの占有宣言に他ならない。サイードは当初からそのつもりで、呪文のように繰り返してきた。短い滞在期間中に美月を我が腕に…。
本国での式典に参加せねばならない為、滞在期間は延ばす事が出来ない。数日の式典や取引先からの招待を終えてからは、また少しは余裕が出来る。その際に来日すればいいのだが、美月の心を掌握出来ていない状況では、気掛かりでそれどころではない。

『ミツキ…俺だけの美しい月』

深く口付けて、美月を溶かす事に意識を向ける。ベッドに誘い、そこでもキスの雨を降らせながら、戸惑いごと懐柔するのに必死になる。丁寧過ぎる程、狂おしい愛撫を繰り返し、余すところなく触れた。
美月が驚愕させられたのは、サイードが迷いなく美月の足の指にまで愛撫を施した時だ。逃れようにもきっちり押さえられ、成す術がない。

『お前の躯で俺が口付けられない場所などあるわけがない』

見せつけるように、五指全てに愛しげに愛撫をしていくのだ。足への口付けは服従と言われる程の事。誇り高きアラブの王子が、美月のような異国の一般人女性にするような事ではない。だがそれでもサイードは美月の全身をくまなく愛撫した。
翌朝はギリギリまで腕から出してももらえず、社へ送られる車内でも、唇が痺れるのではないかと錯覚する程に延々とキスを繰り返された。

『俺の美しい月…終わったらまた迎えに来る』

最後のキスから逃れるように車を降り、社ビルに駆け込んだ――。
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