プラスティック・ラブ
「いい答辞だった」

「そうか?」

「感動した」

「・・・ありがとう」


動作確認だけのはずだったのに、普段から心配性な教頭の
「答辞の時間は本当に4分以内かね?一度計って確認しよう」という一言で
本当なら明日聞くはずだった勇人の答辞を
幸か不幸か一日早く聞くことになってしまった。


飾り気のない、少し硬めの文章だったけれど
三年間の思いと感謝、そしてこれからの未来が熱く語られた答辞は
感傷の涙を誘うよりも新しい道へと進む気力を
奮い立たせるエールのように爽やかで彼らしい答辞だった。
その言葉のひとつひとつが、あの声とともに刻印となって心に残る。
背筋を伸ばし壇上に立つ勇人の颯爽とした凛々しい姿が
目に焼きついて離れない。


「ホント良かった。思わず泣いちゃった」

「すまない」


なにも謝ることなんてないのに、とつい笑みがこぼれた。


こうしてこの制服姿で肩を並べて歩くのもきっと今日が最後だと思うと
自然に歩む速度がゆっくりとなってしまう。
明日の卒業式の後、バスケ部は追い出し試合というのがあると聞いているし
その後は送別会だというから話をする時間すら取れないだろう。
今日だってあの『動作確認』とやらがなければ
こんなふうに二人で過ごす時間なんて取れなかったはず。
随分遅れて下校することになったけれど
そのお蔭でこうして二人だけで帰宅できることになったのだから
教頭先生の心配性に感謝するべきかもしれない。


「明日・・・」

「ん?」

「あの・・・晴れるといいね」

「・・・ああ」


本当は『明日で終わりだね』と言うつもりだったのに
どうしても「終わり」が言えなくて、言いたくなくて
そっと見上げた勇人の横顔はいつもと変わらずキレイで
迷いも憂いもない強い視線が真っ直ぐ前を見つめていた。
これから進むべき道を見据えているかのように。

 
勇人は卒業後、建築の勉強をするためにイタリアへ渡る。
あちらに在住している叔父夫婦の元で半年間は語学を学び
そのあとで現地の大学へ入学するのだとか。
勉強漬けで大変だけどな、とこぼした顔は
言葉とは裏はらに希望に満ちていた。
その姿は別れの感傷に浸り沈む私には眩しすぎる。


「藤崎」

「はい」

「色々とすまなかったな」

「ううん」

「ありがとう」


そういって差し出された勇人の手に
ためらいながら合わせた私の手が小さく震えてしまう。


「私こそ・・・ ありがとう」

「藤崎が礼を言う事はないだろう?」

「だって楽しかったから」

「そうか?それなら よかった」


安堵したような優しい勇人の微笑みが私を見下ろした。
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