プラスティック・ラブ
「お帰りなさい。お疲れ様でした」

「ホーント、疲れたわ」


カツカツカツ、といつになく大きく早くヒールを鳴らしながら
私の前を過ぎたのは東城晶(あきら)。この椅子の主で私の上司だ。
彼女は昼過ぎから重役も出席する企画会議に出席していた。
ボードに記された終了時間より1時間以上が過ぎている。
会議の延長がよほど苦痛だったのか
はあぁと大きくため息をついて机に叩きつけるように
書類やファイルを投げ捨てた。


「コーヒーでもお入れしましょうか?」

「ええ、お願い。ミルクとお砂糖、山盛り入れて!」


いつもは 甘い飲み物はキライなの、と
コーヒーはブラック派の彼女がこんなリクエストをするときは
疲れているというより、腹を立てているときだ。
綺麗な形の眉の間に深い皺が刻まれた険しい表情は
顔立ちが整っているだけに より一層 険しく見える。
会議中に上層部と一悶着あったのだろう。
言うべきことは相手が社長であろうと臆せずはっきり言う人だ。
今回も場が荒れたのだろう。よくあることだ。


「まったく!あのおっさんらときたら
頭が固いっていうか古いっていうか!」

「仕方がありません。そういう世代ですから」

「伝統や格式はホテルにとってもちろん大切よ。
でもね、それにばかり拘っていてもダメなのよ。
利益をあげなきゃ何にもならない」


どうぞ、と私は彼女のデスクに静かにカップを置いた。
晶は ありがと、と一口啜ってから
椅子の背に体を預けてほぅっと長めの息を吐いた。


「そのためには料金を下げたカジュアルでコンパクトな披露宴やパーティも
どんどん受けるべきなのよ。宴会場を使わなくても
レストランウエディングでもいい。使ってもらってナンボでしょう?
若い人たちがドレスコードやマナーに臆せず
気軽に参加できるような企画も打ち出していかないと
時代に取り残されてしまう。もうバブルの頃とは違うのよ?
なのにそういう安っぽいものは他のホテルに任せればいいなんて
鼻で笑うのよね。まったく・・・何様だと思ってんだか。
どこまでも上からなのよね。
今の世の中、そんなことばかり言っていては 廃れる一方よ?
もちろん品位や格式を失くせとは言ってない。
むしろ老舗の一流ホテルとして、そこはベース。ゆるぎない根幹。
それがあるからこそ、他とは一線を画すカジュアルさが出せることが 
どうしてわかってもらえないのかしらね」


年は取ってもああも頑なにはなりたくないわ、と
苦笑とも嘲笑ともつかない笑みが晶の端整な口元を歪めた。


東城晶は我が営業企画部・企画課のチーフだ。32歳でチーフは異例の出世ということで
風当たりも強いが、その逆風をもエネルギーに変えるようなバイタリティがある。
大小様々な宴席やイベントをを卒なく仕切る落ち着いたクールビューティ。
たまにこんな風に感情を露にするところはご愛嬌と言ったところか。
男勝りの豪胆さがあり、冷徹人間でないその人柄に人望も厚い。
私の指標であり理想でもある。
新人研修を終え、彼女の居るこの部署に配属されたのは
願ったり叶ったりだった。
目指す目標が目の前にいる最高の位置につけたのだから。

< 21 / 62 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop