プラスティック・ラブ
ここ 御園ホテルは明治創業の老舗のホテルだ。
格式と伝統を重んじる御園のファンであった祖父母は
自分達の記念日はもちろん
私や両親の誕生日、結婚記念日や卒入学など 
お祝い事があると必ずここで食事をした。


いつもよりお洒落をして、ちょっとおすましをしていただく
目にも舌にも美味しい食事と、気取った雰囲気やマナーが
私は大好きだった。


それだけではない。
洗練され落ち着いた佇まいと磨きこまれた床や手すり。
コツコツと澄んだ靴音を響かせる美しい大理石の床。
その靴音を吸収して柔らかく靴を包み込む絨毯が敷かれたラウンジ。
そこに置かれた重厚かつ上品なソファやテーブル。
大きく華やかに生けられた花々。かすかに漂う清々しい香り。
様々な国の人々が行き交うロビーは流れる空気さえも違って見えた。
幼い私には 御園ホテルは別世界。夢の世界だった。
そこに行けることが嬉しくてたまらなかった。


いつしか夢の世界は憧れの現実に変わり
私はそこで働きたいと思うようになった。


そして4年前、大学を卒業した私は
念願叶ってホテル御園に就職をした。
就職難のこのご時勢だ。御園への就職も厳しい状況だった。
難関突破できたのは幸運としか言いようがない。
努力など誰もがしていることだし、して当然でもある。
それが報われたとは思わない。
本当にラッキーだったと今でも思う。


何はともあれ、憧れの職場で働く事ができる!と
心から喜んだ日から4年。
ベルガールから始まって宿泊部、飲料部、営業部など
一通りの部署を3ヵ月間の研修で経験し
配属されたのは経営企画部・企画課だった。 


ホテルが企画する行事や催事、パーティなどを
立案・運営するのはもちろん、お客様からの要望にしたがって
柔軟かつ円滑に動くことも求められる。
大変だけれど、やり甲斐のある部署だ。
がむしゃらに、時に寝食を忘れて必死に仕事に打ち込んで現在に至る。
もちろん、これからもそれは変わらない。
もっともっと励んでキャリアアップをして
大きな仕事を任されたい。この椅子の主のように、と
背もたれに手をかけた時だった。
開くドアから疲れた表情が覗いた。

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