愛しい太陽
『気分は?』
『…お手数を…』
『構わない。もう少し落ち着いたら、一緒に食事でもしよう』

身を小さくする陽菜を、抱き締め直す。

『私はヒナと食事がしたいんだ。付き合ってもらえるね?』

声色は優しくはあるが、強引な台詞。

『受けにくいと言うならば、こうして抱えていた詫びとして同席してもらおう。一人の食事は味気ないからね』

陽菜に理由を与えると、不承不承頷いた。

「アリー」

ドアに向かって呼び掛ければ、外から返事があった。

「ヒナの為に着替えを用意してくれ。食事はそれからだ」
「御意に」

入室する事なく、指示だけする。

『着替えを用意させている。暫くこのまま我慢してくれ』

そっと髪を撫でられて囁かれると、どこか落ち着いた。恋人でもない男と寝るのはそれが暴行ではなく、望んだ上である事をその身に刻み、過去を上塗りする為だった。忘れようと何度も努力した。だが無駄な事…忘れられないなら、混濁させてしまえ。そうして陽菜は数多の男と躯だけの付き合いを重ねて来た。その策はうまくいっていた…今日まで。
アズィールの言葉は英語であったにも関わらず、翻訳されてみればあの記憶の中とぴったり一致した。

『ヒナ…まだ、私が怖いか?』
『…ぇ?』
『まだ震えている…知らぬうちに抉り煽ってしまったようだ』

落ち着いたと自身では思っていたはずが、アズィールに言われて気付いた。

『私とした事が…君を苦しめてしまったね。許してくれるかい?』
『殿下…原因は私に…』
『いや…君に非はない。紳士的な振る舞いに欠けていた私にあるものだから』

その声音に宥められて、次第に震えは収まっていく。

『震えは収まりつつあるようだね…気分は落ち着いたか?』
『はぃ…ありがとうございます、殿下』
『ヒナ…今はその呼び方を控えてくれまいか?私には【社長】と【殿下】以外に名があるんだよ』
『え…あ……』

頬に添えられた男らしい掌。その親指が唇を撫でて促す。

『アズィール…様』
『ヒナ』

咎めるような口調に、陽菜は困り果てたように口を開く。

『…アズィール』
『ヒナ、いい子だ』

あやす優しさで額にキスされた。ふとドアがノックされ、アズィールは陽菜の露出がないかを確認してから許可をする。目を伏せたアリーはアズィールに衣装を差し出し、そのまま部屋を出る。

『着替えよう、ヒナ』

そっと解放するが、腕は消えていく温もりを名残惜しんでいた。着替えは女性用の民族衣装で、アズィールは一つ一つを手に取り、着方を教えてやる。そうして主寝室の外で待つつもりだった。だが…。

『…ヒナ』

その足元に、陽菜を包んでいたカバーが落ちた。シャーラムにない肌色の姿が晒される。不躾なまでに目を奪われている事すら忘れ、視線が陽菜を撫でていく。首筋から鎖骨、豊かな胸の谷間。鳩尾を過ぎ、臍と卑猥に括れた腰。太腿に膝、足首。そうして脳内を支配したのは、それらを手や舌で愛しげに愛撫する自身と、身悶える陽菜の姿だ――。



陽菜が着衣する事で遮られるが、欲を抑える為の自国の衣装にも拘らず、陽菜がその衣装の下に強い淫靡を誘う肢体を隠しているのかと思うと、余計にアズィールを煽った。禁欲を自身に課した事はない。多忙故に時間がなかっただけだ。今、初めて味わう禁欲は、陽菜の為のもの。そして同時に陽菜を欲しいと強く願ってしまっている自身にも驚いた。特定個人を求めた事のないアズィールが、初めて陽菜ただ一人を求めてしまったのだから。

『…よく、似合っているよ…ヒナ』

溜息の出るようなその姿…スーツ姿以外をもっと目にしたい。

『さぁ…おいで、ヒナ』

差し出した手に重ねられた華奢な指先をしっかり握り、衣装越しにその卑猥な腰に手を添えた。ダイニングテーブルには二人分の食事とは思えない量が並べられていた。

「アリー、配置を変えてくれ。こちらにヒナを」

向き合った配置からテーブルのコーナーを挟んだ配置へ。隣に陽菜を座らせる。

「給仕は私がする。後はカートごと置いてくれ」
「…殿下?」
「アリー…私がヒナを甘やかしたいんだ」

さすがのアリーも驚いた…王太子自ら、外国人の…しかも一庶民に給仕をするなど、聞いた事もない。

「殿下…ですが…」
「アリー、私では出来ないと?」
「いえ…そうでは…」
「ならば私の言う様にさせてくれ」

渋々引き下がったアリーは、テーブルのカトラリーの配置を変え、これから給仕する予定だった料理をカートに乗せたまま、その場から離れた。

『さぁ、ヒナ』

椅子を引いて座らせ、給仕をすると自分も席に着く。

『シャンパンは?』
『はい』

グラスを掲げたアズィールが陽菜を見つめる。

『ヒナに』
『アズィール、に…』

返すように答えた陽菜とグラスを合わせて乾杯する。緊張しているのか、陽菜の表情は強張って見えた。それに気付くと、アズィールはいろいろと世話を焼きながら、料理や自国の話をしてやった。また美月を話題にだせば、陽菜は表情を和らげる。終盤には小さく笑みを浮かべもした。
そんな事に一つ満足を得てしまうと、次から次へと欲しくなる。もっとたくさんの笑みを見たい、触れたい…。

『ヒナ、シャーラムの料理はどうだ?』
『驚きました…美味しかったです』

デザートを終え、ゆっくりとシャンパンを味わいながら話をしていると、今日一番の笑みを見た。

『ヒナ、もう暫く一緒にいてもらえるか?』
『ぁ…はい』

アズィールは食事の前から続く躯の疼きが加速するのを感じた――。
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