月と太陽
 そう言われてしまえば、サイードは反論の余地もない。

「条件て?」
「撮影されたものを使用する際は俺たちの目を通す事。使用したネガや画像の転用は許可しない、終わり次第全てこちらで回収する。お前たちはモデルではない、コメントまでなら許すがメディアへの本人露出は許可しない。その他、発生した収益一切は国民に還元する」
「……それだけ?」

問うた陽菜がアズィールの言う条件を聞いて、きょとんと首を傾げた。美月も不思議そうに同じ事をしている。

「それだけ、とは?」

今度はアズィールとサイードまで首を傾げた。陽菜と美月は顔を見合わせて、思い付く限りを口にする。

「ほら、顔出し厳禁とか胸から上までとか…」
「撮影は立ち会うとか、スタッフは女性のみにしろとか…」
「撮影用アイテムは自分が選ぶとか、画像は国内だけとか…」
「アズィール義兄上やサイードならそのくらい提示しそうだな、って」

兄弟は二人同時に項垂れる。

「俺たちが一体どれだけ理解がない男だと思っているんだ、お前たちは」
「ミツキ…」

存在を忘れられたかのようにそれを静観していた国王が、不意に吹き出した。

「そうかそうか。我が息子たちはそれ程狭量だったか」

周りも気にせず笑い声を上げる国王に、兄弟がハッとしてみるがすでに時遅し。

「うむ、日本の女は強いな!自慢の息子を二人も手玉に取るか!」

完全に尻に敷かれていると認識されたようだ。

「義父上、手玉に取るではありませんよ」
「ほう、ミツキ…では何と言う?」
「隠れかかあ天下です。外では亭主関白で」

陽菜が答えれば、美月が吹き出す。シャーラムにはない言葉に、国王親子はよく似た素振りで眉間に皺を寄せた。

「ヒナ、何だそれは。聞いた事がない…日本語なのか?」

美月はまだ笑っていて、サイードは更に首を傾げた。アズィールが陽菜を見て問えば、陽菜は悪戯でもしそうな顔で笑う。

「かかあ天下は奥さんが家庭内の実権を握ってるって事。亭主関白は逆で旦那が実権握ってるって事ね」
「面白い言葉があるのだな、日本語には」
「恐妻家って言うのもありますよ、奥さんに頭の上がらない旦那さんの事です」

陽菜の説明に国王は意味ありげに息子たちを見やる。美月が類義語を教えれば、堪え切れずにまた笑い出した。

「ヒナ…」
「ミツキ…」

夫である二人は、青筋を立てん勢いで妻を見る。その妻たちはまた顔を見合わせた。

「アズィール、最新のカタログ届いてるからどれを着るか選んでくれるでしょ?」
「サイードも」

席を立った妻に寄り添われると、険のあった顔が緩む。それを見た国王は一人、【かかあ天下】と【恐妻家】の正しい絵面を理解した――。


 二人の買い物から数日後…撮影は迎賓館で行われる事になった。事前にサイードから提案のあった件に、先方は陽菜と美月が広告塔になってくれるなら、どんな条件も飲むと言う程に乗り気だ。
毛足の長いチェリーレッドの絨毯は黒いアラベスクで飾られている。その上に夫と選んだ服を着て座った二人の周りには、チェリーポールのインナーやアウター、靴や鞄などの商品が散らすように並べられている。
それから何度もスーツや他のアウターにも着替え、小物などと共に数百枚の写真が撮られた。更にこの為にたった二点だけ、チェリーレッドに黒のアラベスクの民族衣装まで用意されていた。
 提出された枚数に驚いた王子二人。だが何とか厳選し、半月後には街やウェブサイトにも公開され、一躍有名なショップとなった。
すぐに経済効果も現れた。シャーラムへの女性旅行者も増え、現地調達はお決まりのパターン化している。シャーラムのショップには旅行者だけではなく、国内からも買い物に来る女性が急増した。
予定通り、二人への収益はシャーラムの女性たちに還元された。チェリーポールでの買い物券だ。普及も兼ねての事だったが、広く理解はされたようだ。
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