月と太陽
 陽菜が執務室に戻ると、頬を緩めたアズィールが熱心に何か見つめている。

「あ!アズィール、またそれ見てる!」
「お前が珍しくはにかんだ笑みを見せてくれたからな」
「もう…眺めすぎ」

 アズィールの手には一枚の写真。撮影の当日、少し早く切り上げたアズィールとサイードが揃って迎賓館を訪れた。交互に一人での撮影中で、ちょうど陽菜が撮られているところにだ。
 二人の登場に緊張が走る現場。だが陽菜はアズィールの姿が見えた途端、はにかんだような笑みを見せた。カメラ目線からは外れているが、息を飲む程に輝いてすら見える笑みだった。
 アズィールは大切にそれを持ち歩いている。陽菜の頼みで、アズィールには手だけ写り込んでもらった。絨毯に座っているところで、差し出された手を取る姿だ。美月も同様に絨毯に座った状態で、椅子に座るサイードの膝に頭を預ける姿を撮ってもらっている。

「あの一瞬が…永遠になったものだからな。渋々ながらも許可してよかったと思えたものの一つだ」
「一つ、って事は…まだあるの?」
「お前が俺の手を望んだだろう?」
「うん?」
「お前から俺に何かを望む事は少ない…それに甘えようとしない。だからお前に望まれるのは至福だ」
「…ごめん」
「責めているつもりはない…わかっている。だからこそそう望まれるだけで、俺には至福となる」

 アズィールの首に腕を回すと、片腕で軽々と腰を引き寄せ膝に乗せられる。陽菜が甘える事は、婚儀以前も以後でも数えられる程しかない。それは陽菜の過去に起因している。何もかもを自身で乗り切って来た陽菜は、誰かに甘える術を知らない。同時に陽菜は支えられるより支える立場で仕事をこなすせいか、アズィールと並び立っていたいと言った。

「ヒナ…愛してる」

そっと降るキスが陽菜は好きだ。アズィールの仕種や行動で、陽菜には幾つもの好きがある。だが問われない限り、答えた事はない。何となく勘付いているのか、アズィールは熱心にそれを繰り返す。

「アズィール?」
「どうした、ヒナ?」
「アズィールの…」
「あぁ」
「………」
「ヒナ?」

 言おうとするのだが、口は割れてくれない。アズィールは写真を丁寧に仕舞い、陽菜の髪を梳きながら、急かさずに待ってくれる。

「…アズィールの、ね?」

 首に縋り付くように腕に力が込められると、アズィールも強く腰を抱いた。

「アズィールの、その…優しいキス…好き」

囁く声に虚を突かれたアズィールの、髪を梳く手が止まる。

「優しくなくても…いつも、好き」

 重ねられた言葉は幻聴かと疑いたくなる。陽菜はまだ仕事モードのスーツ姿だ。オンオフの区別をしっかりさせたがる陽菜は、スーツを着ている限りアズィールの睦言を時に冷たくあしらいさえする。

「…愛、してる…」

 更に紡がれたそれで、夢から醒めたかのように胸に熱く込み上げるもの。いつになったら陽菜からの甘い言葉に不意を打たれなくなるのか。

「ヒナ…俺の愛しい太陽…お前を誰よりも愛してる」
「うん」

 頤を掬い、好きだと言ってくれたキスを繰り返すと、陽菜が小さく笑みを浮かべた。じっと欲を抑えながら、じわじわと深いものに変えて行く。吐息が甘くなる前に、アズィールは陽菜を抱き上げて執務室を出た。

「今日の執務はもうおしまいだ」

主寝室に向かう足取りはやや急いているようで、陽菜がまた小さく笑う。

「あの写真はとても大切だが…やはり生身のお前がいい」
「…じゃなきゃ…嫌」
「あぁ」

 珍しく甘えてくれる陽菜に、アズィールは甲斐甲斐しく触れていく。今日の陽菜は好きな事を素直に教えてくれるから、まるで奴隷のように言いなりなのだ。今日一晩で、もう何年分にも相当するだけの睦言を聞かせてもらったような心境だ。
 睡魔に攫われていく陽菜を腕にしっかりと抱き締めると、アズィールもその後を追った――。
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