二重人格三重唱
憑依の果てに
 翼が又翔の体を借りて堀内家に帰ってくる。


『あっ』
翼はあの時、思わず小さな声を上げた。

翔が其処に居ると勘違いしたからだった。

其処には全身が写る姿見があった。

翼は自分の姿を見て、翔だと勘違いしたのだ。

それは翔の中に憑依した翼が自分を取り戻すきっかけになってのだ。


翼は翔が鏡で全身をチェックしている時に、翔の体を自分の体だと勘違いして乗っ取ったのだった。


だから翼は以前よりやつれている。
それでも陽子は翼がいるだけで嬉しくて甘えさせた。


「いいのよ翼。翼の好きなようにして。いつかまた、優しい翼に戻ってくれたら」

陽子はハゲのない翼の頭を優しくなぜていた。

仲むつまじい夫婦の最後の夜が暮れようとしていた。




 六月初旬。
荒川沿いの結婚式場で、日高翔と加藤摩耶の結婚式が執り行われようとしていた。


摩耶がジューンブライトを希望したからだった。


タキシードを着た翔がヴァージンロードを歩いてくる摩耶を待ち受ける。


翔は震えていた。
緊張しているのかと誰もが思う程翔は落ち着きがなかった。

時々陽子の顔を見る。
陽子の元へ今にも飛んで来そうな翔。

陽子はハッとした。


(翔さんに翼がいる!)

その瞬間、陽子は愕然とした。
翼の頭にハゲがなかったのは、翼が翔だったからなのか。
でもあの甘え方は確かに翼だった。
陽子は自分の腕の中の僅かなぬくもりを信じて自分自身を抱き締めていた。

翔は翼と戦い、翼は翔と戦って陽子に会いに来る。

陽子はそう思った。


「だからあんなに疲れていたのね」

陽子は翼の優しさを改めて実感した。
魂だけになっても、尚陽子を愛する翼。

その大きな心に触れて、陽子は翼こそ太陽だと思った。


(翼今何処にいるの?)

陽子は翔の中の翼に呼びかけた。

そして陽子の目は、翼だけを見つめていた。


その時陽子は、翔が翼を殺したのに違いないと感じていた。

翼が守ろうとしたお腹の子供。

自分の子供だと信じて陽子を諭した翼。

陽子は翼が守り通した子供を立派に育てたいと願っていた。




< 128 / 147 >

この作品をシェア

pagetop