二重人格三重唱
 陽子はいても立っても居られなくなり、御花畑駅手前で立ち上がってドアの前に向かった。

ドアが開き一旦降りた陽子は、すぐに翼を見つけた。


「翼……逢いたかった」

陽子は翼の手を掴む。

二人はしっかり手を取り合った。


ぐずぐずしてる暇はない。
二人さは又すぐ車両に戻った。


恋しさも、愛しさも、以前より増幅されている。

二人は当たり前のように見つめ合った。


行き先は熊谷駅だった。

十時十分発。
三峰口駅行きのSLに二人で乗るために。


熊谷駅に到着した電車のドアが開く。

はぐれないように、腕を時交互に組ませる。

陽子はホームに降りた瞬間笑い出した。

目の前に階段があったからだった。


「結局、最後尾で正解だったみたいね」
陽子が微笑ながら言う。


「ん?」

翼は意味が解らすキョトンとしていた。


階段を上った所にある改札口。
二人は一旦そこから出て、SL乗車券を求めた。


「翼に見せたい所があるの。星川にある乙女の像って知ってる?」

陽子の質問を聞いて、翼は首を降った。


「じゃあ行く?」

陽子の言葉に翼は頷いた。

陽子は切符売り場の前を通り、右に曲がった。


陽子が翼を導いた場所。

それは、終戦の僅か数時間前に空襲を受けた熊谷の悲劇の象徴の川だった。


ゆったり流れる小川。
そんな言葉が一番似合うであろう星川。

熊谷空襲の最中、暑さしのぎで入った川。

灼熱地獄が人々を襲い、百余名が息絶えた川。

それはアメリカ軍による、常套手段だった。


まず周囲に焼夷弾や爆弾を落として、逃げ道を断った後中心部を攻撃する。


逃れる術のなかった。
熊谷空襲合計死者数二百六十六名。

その半数近くがこの川で犠牲になった。


そんな川を見守るように立つ乙女の像。

二人は手を合わせながら、平和の時代に生かされていることを感謝した。


「ずっと前に紙芝居で見たことがあるの。熊谷の人達の多くは戦争が終わったことも知らなかったんだって。焼夷弾による火事でラジオも燃えていたから」


「確かその日に天皇陛下のラジオ放送があったって聞いたけれど」


「その事実を知った時きっとみんな、愕然としたと思うわ。ねえ翼。八月十六日に此処で灯籠流しがあるんだって、今度一緒に来ない?」

陽子の言葉に翼は頷いた。




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