二重人格三重唱
 それでも節子は、まだ諦めていなかった。
折りをみて、話をしようとしていたのだった。


『良いのか? 今がチャンスだよ。婿にするなら今だよ』

貞夫が慣れないウインクを送った時、その言葉で泣いた節子。

夫は解ってくれている。
それだけで節子は嬉しかったのだった。


(何時か又、きっとチャンスは訪れる)
節子は密かに期待していたのだった。

又翼がやって来る日を心待ちにしていたのだった。




 そんな節子の思いはいざ知らず。

二人はまず節子が働く農協の直売所へ向かった。

店の前には季節の花が並べられていた。


陽子は入り口で中を覗いてみた。

でも節子は、其処には居なかった。

節子は直売所横で蕎麦を打っていたのだ。


陽子は翼の手を取り、節子の居るであろう空間の見える場所に移動した。

此処は店の左奥にあって、外から中が見えるガラス窓があった。

《関係者以外立ち入り禁止》
の紙が貼られていたから、陽子は奥に行かなかったのだ。


やはり其処に節子はいた。

陽子は外のガラスを少し叩いて、節子に知らせた。


節子は慌てて、前掛けで手を拭きながら出て来た。


「お母さんごめん、今日は遊びに来たんじゃないの。これから二人で清雲寺に行って来るからね」


「あらー、仲良くお花見。そう言うのも確か遊びだったはずよ」
節子が陽子をからかう。


「う、うーん」

陽子は少し唇を尖らせた。

翼はそんな二人の会話を聞きながら笑っていた。

素敵な親子関係をちょっぴり羨ましいと思いながら。


「午後は家に居るから寄ってね。遅くなるけどお昼ご飯用意しておくからねー」

清雲寺方面に向かう二人に節子が声を掛ける。

翼はその行為が嬉しくて、深々と頭を下げた。


(やったー!! 待てば何とかか……よっしゃー!! 腕によりを掛けて……)

節子はほくそ笑んでいた。




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