二重人格三重唱
祖父の故郷へ
 以前は秩父郡荒川村と言った武州中川駅周辺。
今では三峰方面までを秩父市となった。


久しぶりに陽子の実家に立ち寄った二人。
でも節子は其処には居なかった。


この駅に降りたのには訳があった。
それは清雲寺の枝垂れ桜を見るためだった。


この少し前、駅前の広場に二人は居た。

自転車置き場方面へ向かうと公衆電話があり、その横に大きな駐車場が現れる。


斜めに道もあるが、二人は車の脇をすり抜けた。


そして踏み切りを渡って実家に行ってしまったのだった。


「お店を見てから来れば良かったね」
陽子がため息をはく。

実は、節子を驚かそうとして何も連絡していなかったのだ。




 武州中川駅の反対側にある陽子の実家。


此処へ来るのはお正月以来初めてだった。
勝の死後、忙しさの足を運べなかった。

勝の病室で執り行われた二人の結婚式に、節子と貞夫も居た。

だから何となくそのままになってしまっていたのだった。




 勝の危篤を知り駆けつけた時、節子は陽子と翼の居ないことを知った。


(こんな大事な時に何遣ってんの!!)

節子は気が気でなかった。
だからただ、頭を下げ続けた。
謝るしかなかったのだ。




 気を揉んで待っていると、ウェディングドレスの陽子が入って来たのだった。


愛する翼の元へ……
今旅立とうとしている娘。
節子は誇らしかった。


勝の最期の日に嫁ぐ事に決めた陽子に、節子は惜しみない歓喜の声を送った。




 『陽子アンタは偉い!!』

周りの迷惑もかえりみず思わず節子は言っていた。

節子は勝を見ていた。
勝の目を見ていた。
勝の喜びに溢れた表情を見ていた。

それはそれは輝いていた。


これ以上の祖父孝行はないと思った。
だからそう言ったのだ。


節子は同郷の勝に親しみを感じていたのだった。

それ故に、長女の純子を勝の長男の元に嫁がせたのだった。

親戚の者を説得してまで純子を嫁がせたのは、二人の愛が本物だと思ったからだった。


姉の純子のように、陽子も又一途に翼を愛した。
だから祝福したかった。
でも本当は、翼を婿として迎えたかった。
節子はそれ程までに翼が可愛かったのだ。


陽子が弟に遠慮していたことは百も承知で。




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