二重人格三重唱
 「これから何処かへ行くの?」
節子が聞く。


「鷺ノ巣へ行ってみようかと思うのだけど」
陽子が答える。


「鷺ノ巣? 勝さんの故郷かい?」


「お母さんも其処の出身だって聞いたけど?」


節子は小さく頷きながら、地域の地図を持ってきた。


「日野駅の方が近いけど、又歩くかい?」

陽子は頷いた。


日野とは武州日野駅のことだった。

武州中川駅より一つ三峰口駅よりだった。


「いいかい? 此処が中川ね。そのずっと先に荒川があるから、まず其処の橋を渡って……」
節子が指で説明する。


「そうすればその先に信号機があるから、其処を右に曲がると又橋があるの。その先が鷺ノ巣よ」




 二人は又線路を渡った。
駐車場を横切り、農協の直売所とガソリンスタンドの脇を通り過ぎた。

その先に国道140号。

これから行く鷺ノ巣はずっとずっと先にある。


「せーの!」

陽子の声で二人は楽しみながら足を踏み出す。


又国道デートの始まりだった。




 秩父市役所荒川支局の前を通り過ぎると、荒川にかかる大きな橋がある。

この橋が第一番目の橋。
その先に信号機、それを右に曲がる。


又荒川だった。
その川にかかる橋の横には鷺のオブジェがあった。


「鷺ノ巣だからかな?」


「きっとそうだね」

そんなたわいもない会話を楽しむ二人。


「でも一応確かめよう」
陽子は言う。


「あれっ、お義母さんのこと信用してないの?」
翼が意地悪っぽく言った。




 「あ、あれ」

陽子が指を差した。

橋の上で猿が遊んでいた。
馴れているのか車が通っても動じない。
だから人間の方が遠慮がちに避けて通る有り様だった。


「キー」
橋を通り過ぎると、今度は威嚇してきた。
そして柵の上からオシッコを掛ける。




 でもその行為は、若い夫婦の猿を守るためだった。


茂みの中に、産まれたばかりだと思う赤ちゃんを抱いた猿がいた。


「うわーっ、可愛い!」

陽子が思わず大声を出す。


「キー!!」
ボス猿らしいのが、又陽子を威嚇した。


翼は猿を刺激しないように心がけながら、陽子を庇いつつそっと其処を離れた。




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