二重人格三重唱
 その時、さっき降りた車が隣に横付けした。

「今宮神社なら左久良橋の方が近いよ」
その人はそう言った。


遠くも歩くつもりだった。
でもその行為が嬉しくて、二人は又車に乗った。


「もしかしたら川瀬祭りの橋?」
陽子が聞く。


「あれは確か……武之鼻橋だったかな?」
翼が答える。


二人がそんなたわいもない会話をしていると、目的地にすぐに着いてしまった。
本当はもう少しだけ、楽しみたかったのに。




 その後二人は、今宮神社方面に向かった。
神社には喪中で入れない。
そのことは承知していた。
それでも、陽子に御神木を見せたかったのだ。


清雲寺の枝垂れ桜のお礼のつもりだった。


それにしても秩父には大樹が多い。
それだけ歴史があるのだろう。
翼はそう思った。

だからなおのこと、陽射しを浴びてもっと大きく育ちたかったのだ。

そして何時か、陽子の愛と言う木漏れ日の下で子供を育てたいと思った。


「もうちょっとだから」
翼は声をかけた。

でもその近くにある秩父札所十四番・今宮坊の前で陽子は動けなくなった。
コミネモミジにも劣らない幹の大樹が、塀の角にそびえ立っていたからだった。


「凄い木ね」


「本当だ」

翼も動けなくなった。


二人は細い路地で立ち尽くしいた。


今宮坊と今宮神社は同じ敷地内にあったそうだ。
それが二つに分かれた。
それぞれに駒つなぎの欅がある。

神社の鳥居は潜れないけどここから入れる。

そう思った陽子は翼の手を引いて階段を登り始めた。




 今宮坊の駒つなぎの欅の近くに行ってみる。
角地にしっかりと根を下ろした欅は荘厳だった。

その下には聖徳太子の像があった。


「何だか可愛いね」
翼に声を掛けたのに、返事がなかった。

陽子は慌てて翼を探すために目を向けた。


翼は陽子とは反対の場所にいた。




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