二重人格三重唱
 そしてその人はもう一つ興味深い話をしてくれた。

それは鷺の巣が平家の落人の里だと言うことだった。

勝はもしかしたら……

その末裔かも知れない……


もしかしたら節子も……


二人はこの地に眠る悲しみと慈しみに心をときめかしていた。

今ならあの橋ですぐ向こう側に渡れる。
でもその当時は荒川に阻まれていたはずだ。
源氏の追及から逃れるためには格好の隠れ里だったのかもしれないと思った。




 偶々其処に車が通りかかった。

その人は、話を聞いた人の友達だった。
翼と陽子の熱心な姿が気になって興味を持って立ちよったそうだ。


「良かったら乗っていかない。日野駅でもミューズパーク方面でも構わないよ」

突然の一言に二人は顔を見合せた。


「よろしくお願い致します」

そう言ったのは翼だった。




 二人は車で、送って貰えることになった。


「ありがとうございます。それでは遠慮なく乗せていただきます」


「どうぞどうぞ。いや嬉しくね。お祖父さんの故郷巡りなんて聞いたらね」
その人は、本当に嬉しそうにニコニコしていた。


「あのーすいませんが、ミューズパークの近くの赤い橋までお願い出来ますか?」

翼はそう切り出した。


「何故?」
陽子は不思議そうに言った。


「ちょっとね」
翼は恥ずかしそうに俯いた。




 約束通り、橋の手前で二人は車から降りた。


「この橋を二人で渡りたかったんだよ」
翼はそう呟いた。


それは初めてのデートの時だった。
翼は羊山公園で見たこの赤い橋を歩きたいと思った。
思いがけずに叶った夢。
だから恥ずかしかったのだ。


子供じみている。
そんな風に感じて……




 荒川は広くて大きい。
この先で、このまさわやうぶがわ横瀬川も取り込んで更に大きくなっていく。
それは、自分達の未来のようだと翼は思った。

陽子と一緒だったら、どんな夢だって叶えられる。
翼は陽子と言う太陽の元で大樹になりたいと思った。


今日見た、清雲寺の枝垂れ桜のような。
何時か見た、西善寺のコミネモミジのような。


実は陽子は橋の上で震えていた。
でも翼には弱いところを見せたくなかった。
負担を掛けたくなかったからだ。


でも翼は、何時もと違う陽子に気付いていた。




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