徹底的にクールな男達


「私はあんまり興味ないけど。仕事のことをそこまで考えてないし、いづれ結婚するし。もし選ばれたら行くけど、でも今のままで選ばれるわけないしなあ」

 麻見よりも2つ若い吉沢真里菜は、それでも17歳の時からバイトで入社し、そのまま準社員に上がった社歴5年のベテランであるのにも関わらず、相変わらず新人のような初々しさが残る周囲からは人気のある存在であった。

「依子さんは? 行く気満々?」

 しかも、年上の社員相手だからって敬語も遣わない。確かに、スタッフルームでの食事中に格式ばられても窮屈だが、若者にはともかく、40歳を過ぎた貴志にはもう少し気を遣うべきだと常々思っている麻見であった。

「いやなんか、変な方向になっちゃってさあ。まあ、行けたらいいなあとは思ってるけど、でもまあただのレジ担当から優秀者なんて無理じゃん? 無理だと分かってるけど、行けたらなあって何気に福原さんの前で言ったら……」

「店長の前で言ったんでしょ?」

 マイカップでドリップコーヒーを飲む沙衣吏は、伏し目がちにゆっくり喉に流しながら言った。

「えっ!? 店長の前でって何!?」

 吉沢はマスカラのついた大きな瞳を更に大きくさせて、菓子パンを噛みながら乗り出してくる。

 午後2時のスタッフルームでは、10畳ほどの中に長机が並ぶ部屋で4名が昼食をとっていたが、残り1名が定年間近のおじさんのおかげで、存在を気にせず3人の会話は続く。

「店長がいる時に、福原さんが2人とも海外行きたいんで推薦してくださいって……福原さんに言われた」

「え゛!! 2人一緒ってこと??」

 吉沢は麻見と一度目を合せると、ポニーテールにしているウェーブの長い髪を揺らせて、次いで沙衣吏を見た。

「んなわけないじゃん!! 福原さん、自分1人じゃ言いにくいから私巻き込んだんでしょ。もう最悪だったよ。店長、はぁ!?って顔してたもん。何言ってんだこいつら、両方とも無理に決まってんだろーがみたいな」

「確かに福原さんやる気ないですよね」

 吉沢はストローで紙パックのジュースを飲みながら頷くが、

「そんなことないよ。見えないところでちゃんとやってる」

 沙衣吏は自信を持って答えた。

「見える所ですればいいのに」

 吉沢が最もな意見を発する。

「でもそれで選ばれたらもうけもんじゃん」

 沙衣吏はしれっと言い放つが、

「んなわけないじゃん。沙衣吏なら選ばれるかもしれないけど、私なんてただのレジだし。ただで海外行けるなら行きたいけど、大体店長に選ばれたって本社で選ばれないといけないし、どんだけ頑張らないと行けないのって話よ」

「武之内店長……」

 急に沙衣吏の声が小さくなり、視線で皆の頭を集めてから、

「本社に顔きくって話だから、あの人落とせば行けるかも」

「お、と、すって?」

 麻見は顔をひきつらせながら無表情の沙衣吏を見つめた。

「うーん、まずは。貧血のフリしてちょっとよろけるとか。つまづいてみせるとか。ボディタッチありの接近戦が一番効果があるわ」

「ちょっと待ってよ!!」

 麻見は眉を顰めて抗議したが、吉沢も同じような顔をして「えー」と否定した。

「無理無理……」

「うん、依子には似合わないから無理だろうけど。なんか嘘くさくなりそうだし、携帯部門の連中がもう先にやってるだろうし」

「え゛っ、マジ!?」

 麻見と吉沢は声を揃えて、お互いの顔を見た。

「携帯部門は優秀でも、指名客や売り上げがそこまで伸びないからね。1人1人の接客に時間かかるし、使い方とかのサービスも多いし。だとしたら、店長に優秀だって思わせて、枠取るしかない」

「……、なんか悲惨」

 吉沢の一言は実に的を得ている。

「ってことはさ。店長から見ればみんなの態度が一気に変わるわけだ」

 麻見は言いながら、自分だけはそうなってはいけない、と言い聞かせるように1人頷く。

「優秀者は各店1人?」

 吉沢の問いに、

「6人ぎりぎりまで大丈夫なんじゃない? だって、1つの店舗から6人選ばれる可能性もあるんだし」

 沙衣吏は真っ直ぐ麻見の目を見て言った。

「6人かぁ。6人のうちの1人くらいなら大丈夫そう」

 頷きながら最後のパンを食べ終えた吉沢を見て、麻見は同じ思いを胸に抱いた。

 6人のうちの1人にならなれるかもしれない。30人いる従業員のうちの、6人にならなれるかもしれない。
 
 だとしても、上から数えても6番目には入れはしない。逆に沙衣吏の方は仕事が優秀で、順番的にも店長、副店長、部門長、部門長補佐の順番なので、4番目に入っている。それに、武之内との仲も悪くはないに違いない。

「今のうちから武之内店長に取り入っといた方がいいかも」

 沙衣吏はまだそう提案してくるので、

「沙衣吏は行きたくないの?」

と、真顔で聞いた。

「ただで行けるなら行きたいけど、自分でも行けるし。何しろ、知らない人とホームステイってそこがまず嫌だわ」

 嫌がる顔がまた少し歪んで綺麗で、しかも、実に沙衣吏らしい意見だ。

「英語がまともに話せないのに知らない家に行って、知らない日本人とって。嫌な日本人なら最悪だよね」

 吉沢も同意したが、麻見の中ではその点は特に問題にはならなかった。

 それよりも、武之内店長に認めてもらいたい。

 店内で数名だけ選ばれるこのチャンスで、武之内に優秀者だと思われ、本社に推薦されるのなら、そのためなら資格も取るし、売上もあげてやる。
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