素晴らしき今日
偶然
「バッカ。食べすぎなんじゃねぇの?」
「あんたを養うのに頑張りすぎたの。母親に感謝しなさいよ」
「まぁ、一ヶ月くらい寝てりゃあ治るんじゃねぇの」
「あのね、あんた一人を家に置いてゆっくり休めないの。何食べるかわかんないでしょ。手術したら帰るから」
「はいはい。掃除でもしといてやるよ。じゃな。明日来るよ」
「あ、和也。学校ごめんね」
ベッドの傍から離れようとした時に呼び止められた。
「いーよ。そんな事より早く元気になれよ」
後姿で手を振って、そのまま病室を出た。

廊下に出て、制服のポケットに入れてある携帯を開く。2という数字を映し出すディスプレイを眺めながら今日を思い返す。

呼び出されたのは昼休みだった。

弁当を食べている時に、突然、放送で名前を呼ばれた。友達に「何したんだ?」と笑われた。もちろん身に覚えは無く。頭を抱えながら職員室へ向かった。
すると、担任の先生は少し慌てた声で「お母さんが入院した」と、言うから俺も慌てて帰り支度をして教えてもらった病院へ走った。

息を荒立てながら受付で病室を聞いて駆けつけてみればテレビを呑気に観る母親がいた。
そして笑いながら「テレビカード買ってきて」とパシられた。
俺はそれを聞いて安心した。いつもの母さんだったからだ。
親父と呼べる人は俺が生まれたすぐ後に交通事故で死んだ。それ以来、再婚する事もなく、おしゃれする事も無く自分を育ててくれた母さん。
俺の記憶に残らない場所で泣いてから、一度も涙を見たことがない。


メールが来ていたが病院で返信するのは良くないと思い、そのままポケットにしまった。



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