それでも、課長が好きなんです!
 声にならない声を出し小刻みに震えるわたしをよそに男性はマイペースに語っている。

「あー、でも助かったよキミのおかげで。ここ数日の減量と昨日からの絶食はさすがに堪えたー……」
「な、なんのために……?」
「身体が商売道具だから」
「……」

 身体が商売道具!?
 それって……身体でお金を稼ぐという……。
 ねぇ、女装してるってことはやっぱり相手は男なの……?
 も、もう……ダメだ。
 想像が追いつかない。
 気を失いそうだ。
 
 「おーい」という声に我に返ると目前で手を振る男性のドアップ顔が。
 改めて間近で見ると厚化粧だけれど、それでもやっぱり男性とは思えないほどに綺麗だ。
 伏せた瞳は一見涼しげでクールな印象だけれど目を合わせた途端に力強く瞳の奥が光って見える。

「面白いね、キミ」
「……え」
「表情の七変化。考えていることが手に取るように分かる」

 「さっき、イケナイ失礼な想像しただろ」と言いほほ笑むと立ち上がった。
 目の前がエスニック柄のロングスカートの模様一色になる。

「今は俺にドキドキしてる」
「……えっ」
「顔赤くして。女装した男にドキドキするキミも十分、変態だと思うけど?」
「はっ!?へ、へん……っ」

 誰が変態だ。
 女装した変態にそんなこと言われたくない……!
 だいたい誰の顔が赤いって!?
 
「名前は?」
「え?」

 問いかけられ見上げると、わたしを見下ろす男性と目が合ってなぜだか慌てて俯いた。

「瀬尾、千明です……」
「千明か、よろしくね」
「よろしくね、って……」
「俺、最近ここの五階に引っ越してきたんだ」
「はい……?」

 再び見上げると「今日はありがとう、ごちそうさま!」と満面な笑みを浮かべわたしの部屋を去って行った。
 
「え……」

 一人取り残された部屋は不気味なほどに静かだった。
 テレビをつけ、一人で夕飯の続きだ。
 先ほど一口だけ口をつけたオムライスを再び口に運ぶ。
 さっき食べた時は温かかったのに、すっかり冷めてしまった。

「……」

 ふと、僅かに震える指先で自分の頬に触れてみた。
 嘘みたいに熱かった。

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