それでも、課長が好きなんです!
 それからしばらくの間、いつどこでまたあの女装した男が現れるのかとドキドキした日々を過ごしていたけれど現れることはなかった。
 出会った時のインパクトは強烈だったけれど、時間が経つにつれ徐々に記憶も薄くなっていく。
 あれから数カ月経った今、あの出会いの日を思い出すこともなくなっていた。
 きっとあれは悪い夢だったんだ。

「おはようございまーす」

 だいぶ仕事にも慣れ、新しい仲間とも打ち解けて異動先の部署に居心地がいいと感じるようになってきた頃だった。
 自分のデスクの上にファイルに入れられた一枚のサンプルと書かれた広告が置かれいた。

「それ、雑誌に載る新商品の広告サンプルだから」

 村雨さんがはりきっていた仕事のサンプル広告がよくやく出来上がったようだ。
 ここのところ、ずっと村雨さん一人で残業してたもんなぁ……。
 ふと、数ヶ月前村雨さんが若い俳優に夢中になっていると知って急に彼女に対する恐怖心がなくなったことを思い出した。

「あぁ、柏木佑輔と綾川京子を起用した商品の広告ですか」

 この広告サンプルは何度か目にしてきたけれど、そこに人物が入ったものを目にするのはこの日がはじめてだった。
 わくわくした気持ちを胸の奥に感じながら、ファイルから一枚の用紙を取り出した。 
 
「はぅっ!! こ、これは……!!」

 突如大きな声を上げるわたしにチーム内の視線が集中した。
 奥歯がカチカチと震え広告を持つ手までもが震える。
 だって、だって……

 女優、綾川京子の隣に並んでほほ笑む美女は……!

 間違いない、あの日出会った女装した男だ。
 夢では、……なかった?

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