それでも、課長が好きなんです!
 陽が暮れるのが早くなってきた初秋。
 夜風が肌に当たると微かに身が震える。
 今日は冷える。

「ありがとうございましたー」

 弁当の入ったビニール袋を手にコンビニを出る。
 すっかりと陽は落ち辺りは真っ暗だ。
 せっかく温めてもらったお弁当も吹き抜ける冷たい風にさらされて冷めてしまいそうだ。
 結局今日も、残業だった……。

 肩を落とし足元を見つめながら歩道へと出る。
 お腹空いたな、早く帰ろう。
 顔を上げたと同時に胸がドクンと音を立てて高鳴った。
 目の前を、自分の進行方向に向かって横切っていく人影に目を奪われた。
 相手がわたしの存在に気がつき振り返る気配を感じて同時に背を向けた。
 一歩、二歩と逆方向に足を進める。
 いやいやいや……わたしの家はこっちじゃない。
 立ち止まってちらっと後ろを振り返ってみようとしたものの……だめ、やっぱり振り返れないよ、そっちには行けない。

 どうして?
 わたしが異動をしてから、一度だって会うことなんてなかったのに。

 足を前に出しては引き、それを何度も繰り返しながら身体も左右に揺らし動揺していると「何をしている」と久々に聞いた、声。
 単調で少し冷たい声色に、どこか溜息が混ざったような呆れを含んだ声。
 何度も何度もわたしに浴びせられた声。

 両手をすり合わせぎゅっと握るとゆっくりと振り返った。
 恐る恐る視線を上げ相手と目を合わせると、小さく噴き出した彼が「相変わらずだな」と言って静かにほほ笑んだ。

「ど、どうも……」

 相変わらず、か。
 わたしは変わらず、穂積さんを前に少しの緊張と隠しきれない胸の鼓動を感じている。
 気付かないふりなんて、出来ないよ。
 会わなくなって数カ月、彼のことを考える時間だって減ったのにやっぱりわたし、まだ……
 
 でも、あの日の告白を最後にもう二度と困らせないと言ったのはわたしだ。
 元のダメな部下に戻ると言ったんだ。
 自分の言ったことは、守ろう。
 
 半開きになっていた口をにっと横に広げてみたら自然な笑顔が出せた。
 落ち着けわたし、静まれうるさい心臓!

「お久しぶりです、穂積さん!元気にしてました?」

 大きな歩幅で彼の隣に並ぶ。
 勢いよく見上げると、明らかに肩を一瞬ビクリと震わした穂積さんが「あぁ」と言って頷いた。
 そして並んだ足が自然と同時に前に出る。
 うん、いい感じだ。

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