それでも、課長が好きなんです!

第11話 後悔

 時間にして十秒ほどに感じた。
 一瞬たりとも視線をはずすことなく互いに向き合ったまま、この場だけ時間が止まってしまったようだった。
 先に視線をはずした穂積さんにつられるように我に返った。

「あのっ」

 一歩前に出た穂積さんがわたしを通り越していく前に、咄嗟に呼びとめた。
 呼びとめても出てくる言葉なんて一つもないのに、また、去りゆく彼の背中を見てしまったらわたしはきっと見つめるだけで何も出来ないと思ったから。

「……何だ」

 わたしの声に足を止めた穂積さんの声だけが耳に響く。
 目を合わせようとして彼の首元まで上がった視線はそれ以上上がることなく、自分のつま先に向けられた。
 だめだ、言葉が出ない。
 自分が何がしたいのか分からない。

 軽く「仕事のお話でもされてたんですか?」と聞けばいいのに。
 「あの有名人と一体どういうお知り合いなんですかぁ?」といつもの様子で、ミーハーを全開にニヤニヤして聞けばいいのに。
 こんな、何でもないような質問すら出来なかった。
 わたしには「知りたい」と思うことすら許されないような気がした。
 「すまなかった」と二度も言われた時と同じ、あの時のように自分を拒否されてしまうような気がして恐かった。

 俯いて何も言わないわたしを前に、穂積さんが再び動く気配を感じて慌てて口を開いた。

「えぇっと、お茶でもしませんか!?」
「……は」

 穂積さんから大いに呆れた雰囲気が漂ってきて、
 「久々だし、積もる話しもあるかな~……と思って」と咄嗟に出た言葉は語尾にいくにつれて相手の耳に届かないほどに小さくなった。

「油を売る時間があるほど暇なのか、おまえは」
「……あ、いや」

 脳裏に村雨さんの「寄り道するんじゃないわよ」の言葉と険しい表情が思い浮かんで肩をびくつかせた。
 穂積さんが自分の真横を通りすぎていくのを感じて、ただ黙って手を握りしめた。
 唇を噛み締めて思い切って振り返ると、エレベーターへ向かう穂積さんの背中が視界に映った。

 知らないことばかりだとこの間実感したばかり。
 また、一つ増えた。

 去りゆく背中を見つめて手を伸ばして引きとめたいと思ったのはこれで二度目。
 そして何も出来ないまま小さくなっていく背中を、ただ黙って見つめているのも二度目。

 知りたいのに。
 穂積さんのことほんとはもっと知りたいのに、……ううん、知りたかったの。
 それなのに、自分でこれ以上踏み込めなくしてしまった。

 こうして後悔することも、二度目。

 二度目の告白で終わってしまった恋だけど、後悔は二度で終わるだろうか。

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