それでも、課長が好きなんです!
「お……重いよ……」

 手に持つ三重になった紙袋の中には大量の印刷物が入っている。
 三枚重ねていると言ってもいつ取っ手がちぎれるか分からない状態だ。
 午後三時を過ぎれば印刷会社が届けてくれるというのに、せっかちな村雨さんの命令でお使いに出されたのだ。
 白い息が今日の寒さを表しているけど、完全防備も今は正直暑い。
 首に巻いたマフラーに汗が滲んで痒くなってきた。
 我慢できずに一度、紙袋を地面に下ろし前傾した姿勢を正し背伸びをする。
 会社の敷地内には入っている。
 入り口も見える、ゴールはすぐそこだ。
 再び紙袋の取っ手を持つと、手の甲に小さな雨の滴がポツリと一滴落ちてきた。

「やば、雨!?」

 ゆっくりと降りだした雨は粒も小さく傘を差すほどではなかったが、印刷物を持っているためあまり濡れるわけにはいかない。
 建物へと急ぐ。
 社内禁煙のわが社では入口横に喫煙スペースが設けてある。
 降りだした雨にゆっくりとした足取りで社内に戻る社員が目に入る。
 弱い雨のため気にせず談話と喫煙を続ける社員も数名残っている。
 いいな、暇そうで。
 小さなため息と共に視線を正面に戻したが、すぐにもう一度喫煙所に目を向けた。
 今……思わぬ人物が視界に入った気がした。

 もう一度目を向けた視線の先に、喫煙所に設置されたベンチに一人座る穂積さんの姿が映った。
 ただ座って前方を見つめたままぼうっとしているように見える。
 珍しい、と言うより意外だった。
 勤務中に油を売ることが、あるんだ。
 穂積さんだって人間だし疲れて一服したい時だってあるか。
 タバコを吸っているようには見えないけど……というか穂積さんって喫煙者なのかな。
 見たことはない。
 ……知らないだけ、かな。

「知らないこと、いっぱーい……」

 無意識に出る小さな呟きに僅かな寂しさを感じて、事務所へと戻った。

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