それでも、課長が好きなんです!
 事務所へ戻り上司である村雨さんに報告をしようと思ったが、席をはずしているようだった。
 ボードを確認すると、客先へ外出となっていた。
 朝は外出予定なかったのにな、急用かな。
 席につきパソコンのスクリーンロックを解除する。
 すると背後から肩を叩かれ、先輩に「ちょっといいかな」と小声で尋ねられた。
 同じチームの先輩で最近色々、とお世話になって仲良くさせてもらっている女性だ。
 表情から仕事の話ではないことは確実だ。
 仕事中に何だろう、急ぎの用事かな。

「急で悪いんだけど瀬尾さん今日さ、予定あったりする?」
「いえ、特に」
「合コン、あるんだけどどうかな?友達が一人体調不良で会社退社したって連絡が入っちゃって……」

 わたしは親指を立て笑顔で頷いた。
 オーケーのサインだ。

「でも、仕事終わりますかね……?」
「大丈夫、今日は村雨さん会社には戻らないから!」

 クリスマスが近づくと合コンの誘いが増えるのは毎年のことだ。
 先々週二回、先週一回、そして今週もお声がかかった。
 わたしの出席率は百パーセント。
 合コンがある日は先輩が協力してくれて早く退社できるし、仕事をしているよりは数倍いい。
 もちろん出会いだって求めている。
 今年は好きな人もいないもの、絶賛彼氏募集中よ!
 ただ毎回成果のないわたしは祐輔君に「負け犬合コン王」呼ばわりをされ笑われている。
 最近では顔を合わせるたびに「いい出会いあった?」とニヤニヤとからかわれ、「男捕まえたいならもっと露出したらいい」とわたしの服装にケチをつける。
 わたしは軽い気持ちで遊び相手を探しているのではない。
 本気なんだ。だいたい冬に露出してどうする!
 思い出したら腹が立ってきた……。
 
 今日こそは、と気合いを入れデスクの下で密かに拳を握りしめると「え、雪……?」と事務所内の誰かの声を皮切りにまわりがざわつきはじめた。
 声につられて窓に目を向ける。
 雪、と呼ぶには苦しい気もする細かい白い粒がパラパラとまばらに舞っていた。

「今日は寒いもんねー……。でも今日は小雨程度しか降らないって言ってたしすぐ止みそうだね」

 ついさっきまでは小粒の雨だったのに。

「あ、今日の場所と時間なんだけど」

 先輩の声が、耳には届くが頭には入ってこなかった。

「ごめんなさい、ちょっと……!」
「瀬尾さん!?」

 わたしは急に席を立つと事務所を飛び出した。

 馬鹿みたいだって。
 自分でもそう思うんだ。

 でも頭に浮かんでしまったらじっとしていられなくなった。
 数分前に見かけた、穂積さんの姿を。

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