それでも、課長が好きなんです!
わたしは目を見開いたまま、微動だに出来なかった。
一瞬の間に色々起こりすぎて軽いパニック状態だった。
だって今、目の前で人が思い切り引っぱたかれていたよ……?
生の平手打ちなんて生まれて初めて見た。
まるでドラマのワンシーンのような……
「……え?」
近づいてくる人影に今度は腰を抜かしそうになって、壁に背を預け体勢を保つ。
「なにしてんの?こんなとこで」
軽く首をかしげて「あ、もしかして俺に会いに来た?」と言いニッコリとほほ笑んだ。
晴れやかな笑顔とは正反対の、痛々しく真っ赤に腫れた頬。
柏木佑輔だった。
じゃあ、今目の前で繰り広げられたドラマのようなワンシーンは……
「もしかして今……撮影中だったとか?」
「千明今日も絶好調だな」
「……」
平然とした態度の佑輔君とは反対に、わたしは気が動転して可笑しなことを言ってしまう始末。
まずいところを、見てしまったのかもしれない。
どうしたらいいか分からず、ごめんなさいと謝罪の言葉が口から出たと同時に、佑輔君がかぶせるように言った。
「久しぶり、元気そうだな」
「は、はい」
「そろそろ千明の顔が見たいなって思ってた」
「……え、っと」
そろそろ、か。
そろそろ来る頃かな、とは思っていたけれど……。
わたしたちってホント、一体どういう関係なんだろう。
佑輔君は「俺ん家そこだけど」と言い通路奥の部屋を指差した。
それって、どういう……
「追わなくても……いいんですか?」
先ほど佑輔君の部屋から出て勢いよく階段を駆け下りて行ったのは、女性だったと思う。
すれ違いざまに女性特有のシャンプーのいい香りがした。
佑輔君は瞳をゆっくりと伏せると「うん」とはっきりとした口調で言った。
でもその瞳は寂しげに揺れているように見えた。
「ちょっと話せる?」
「あ、わたしも話しが……」
「何?」
「ここじゃ、ちょっと」
突然、佑輔君は大胆なくしゃみをすると両腕を抱えた。
よく見てみると、外出帰りのわたしは完全防備だけれど、彼は薄着だった。
「寒いよ、ここじゃ。中入ろうぜ」
「な、中って」
佑輔君について、辿りついた部屋の中を覗き込む。
玄関から部屋の中まですべてが筒抜けに見える。
なんというか……このマンションに初めて越してきた時を思い出すような景色だ。
「何も、ない……!?」
「まだ前のマンション引き払ってなくてさ」
「まだって……ここへ越してきてからだいぶ経ってますよね?というか、どうしてここへ?」
「えー?ファンに家がバレたから」
「……大変なんですね」
「どうせ寝るために戻ってくるだけだから不便はしないよ」
冷暖房や必要最低限の家具は最初から揃っているマンションだから生活は出来るだろう。
「親に相談したらここのマンション空けてくれて」
親!?
そうだ、佑輔君はわたしの務める会社の社長の息子だ。
このマンションの何室かは会社の社宅になってると聞いたことがあるから、ここもきっとそうなんだろう。
父親の再婚相手が女優の綾川京子で、その女優と穂積さんがどういった訳か一緒の部屋から出てきて……。
ただの仕事の打ち合わせだって、きっとそんなオチなんだろうけど……
さっきまでは気になって仕方がなかったのに、佑輔君に会ったら急にどうでもよくなってきたような気もする。
やっぱりこんなこと聞くのもアホらしいかな、って思ったから。
「冷蔵庫に何か入ってたかな~」
玄関先で立ちつくしていると、佑輔君はすでに部屋の中へと入っていた。
「あのっ。おかまいなく……」
「何してんだよ、早く入れよ」
「えっ……」
「寒いだろ?鼻水出てんぞ」
「んなっ」
声を上げ、慌てて鼻を抑えるとわたしの反応を見て佑輔君が「うっそー、鼻が真っ赤になってるだけ」と悪戯に笑った。
そのまま部屋の中へと姿を消してしまい、十秒ほど立ちつくしたのちに、わたしも中へと足を踏み入れた。
一瞬の間に色々起こりすぎて軽いパニック状態だった。
だって今、目の前で人が思い切り引っぱたかれていたよ……?
生の平手打ちなんて生まれて初めて見た。
まるでドラマのワンシーンのような……
「……え?」
近づいてくる人影に今度は腰を抜かしそうになって、壁に背を預け体勢を保つ。
「なにしてんの?こんなとこで」
軽く首をかしげて「あ、もしかして俺に会いに来た?」と言いニッコリとほほ笑んだ。
晴れやかな笑顔とは正反対の、痛々しく真っ赤に腫れた頬。
柏木佑輔だった。
じゃあ、今目の前で繰り広げられたドラマのようなワンシーンは……
「もしかして今……撮影中だったとか?」
「千明今日も絶好調だな」
「……」
平然とした態度の佑輔君とは反対に、わたしは気が動転して可笑しなことを言ってしまう始末。
まずいところを、見てしまったのかもしれない。
どうしたらいいか分からず、ごめんなさいと謝罪の言葉が口から出たと同時に、佑輔君がかぶせるように言った。
「久しぶり、元気そうだな」
「は、はい」
「そろそろ千明の顔が見たいなって思ってた」
「……え、っと」
そろそろ、か。
そろそろ来る頃かな、とは思っていたけれど……。
わたしたちってホント、一体どういう関係なんだろう。
佑輔君は「俺ん家そこだけど」と言い通路奥の部屋を指差した。
それって、どういう……
「追わなくても……いいんですか?」
先ほど佑輔君の部屋から出て勢いよく階段を駆け下りて行ったのは、女性だったと思う。
すれ違いざまに女性特有のシャンプーのいい香りがした。
佑輔君は瞳をゆっくりと伏せると「うん」とはっきりとした口調で言った。
でもその瞳は寂しげに揺れているように見えた。
「ちょっと話せる?」
「あ、わたしも話しが……」
「何?」
「ここじゃ、ちょっと」
突然、佑輔君は大胆なくしゃみをすると両腕を抱えた。
よく見てみると、外出帰りのわたしは完全防備だけれど、彼は薄着だった。
「寒いよ、ここじゃ。中入ろうぜ」
「な、中って」
佑輔君について、辿りついた部屋の中を覗き込む。
玄関から部屋の中まですべてが筒抜けに見える。
なんというか……このマンションに初めて越してきた時を思い出すような景色だ。
「何も、ない……!?」
「まだ前のマンション引き払ってなくてさ」
「まだって……ここへ越してきてからだいぶ経ってますよね?というか、どうしてここへ?」
「えー?ファンに家がバレたから」
「……大変なんですね」
「どうせ寝るために戻ってくるだけだから不便はしないよ」
冷暖房や必要最低限の家具は最初から揃っているマンションだから生活は出来るだろう。
「親に相談したらここのマンション空けてくれて」
親!?
そうだ、佑輔君はわたしの務める会社の社長の息子だ。
このマンションの何室かは会社の社宅になってると聞いたことがあるから、ここもきっとそうなんだろう。
父親の再婚相手が女優の綾川京子で、その女優と穂積さんがどういった訳か一緒の部屋から出てきて……。
ただの仕事の打ち合わせだって、きっとそんなオチなんだろうけど……
さっきまでは気になって仕方がなかったのに、佑輔君に会ったら急にどうでもよくなってきたような気もする。
やっぱりこんなこと聞くのもアホらしいかな、って思ったから。
「冷蔵庫に何か入ってたかな~」
玄関先で立ちつくしていると、佑輔君はすでに部屋の中へと入っていた。
「あのっ。おかまいなく……」
「何してんだよ、早く入れよ」
「えっ……」
「寒いだろ?鼻水出てんぞ」
「んなっ」
声を上げ、慌てて鼻を抑えるとわたしの反応を見て佑輔君が「うっそー、鼻が真っ赤になってるだけ」と悪戯に笑った。
そのまま部屋の中へと姿を消してしまい、十秒ほど立ちつくしたのちに、わたしも中へと足を踏み入れた。