それでも、課長が好きなんです!
「俺、こう見えても意外と一途なんだよね」

 ……一途?
 今、心が変わったって言いませんでした……?

「同時に、二人の女を想うことなんて出来ない」
「それってどういう……」
「正直にそう相手に伝えたら、殴られた」

 心臓がバクバクと大音量を建てて高鳴るものだから、声が震えた。
 すると突如、佑輔君が吹き出した。
 「すげぇ!高速瞬き!」と言って缶ビールを床へと置くとお腹を抱えてゲラゲラ笑っている。
 そしてわたしの手に握りしめたままになっていた缶ビールに指を差すと、「飲まないの?」と言った。
 はっと我に返り、缶ビールの蓋に指をかけた。
 プシュっと気泡のはじける大好きな音がして、一口口に含むとすっと気持ちが落ち着いてきた。

「……そんなに瞬きしてました?」
「もう一回やってよ」
「嫌ですよ、出来ないですよ」
「はははっ」

 えっと、今何の話ししてたんだっけ?
 やけに心臓がドキドキして、胸が苦しくなって……。

「そういえば……千明は何しに来たんだ?」
「へ?」
「俺に会いに来たんだろ?」
 
 視線を別のところへ向け「何?」と言うと、脚を組み直し背を曲げ膝の上に頬杖をついた。
 なに、と言われても……。
 返答に詰まり黙っていると、こちらに視線だけを向けた佑輔君と目が合う。
 猫背になっていた背筋がピンと伸びる。

「あー、あのっ。この間綾川京子さんが会社に来てましたよ!」
「ふーん、そう」
「……えっと」

 ずいぶんとあっけない返事に、それ以上の言葉が見つからない。
 当たり前の反応だったのかもしれないけど……。
 自分からはこれ以上の踏み込んだ質問ができないでいると、佑輔君が自ら語りだした。

「一応親子にはなるんだけどさぁ、親が再婚した時俺もう成人してたし。母親だとは思えないな。一緒に生活したことなんてないしさ」
「そうなんですか……」
「向こうも俺のこと息子だなんて思ってないと思うし。あ、別に仲が悪い訳じゃないぜ?」
 
 佑輔君は「仕事でお世話になってるし。プロ意識の高いカッコいい女性(ひと)だよ」と言い、微笑んだ。

「で? あの人が何?」
「何と、言われましても……その」

 不自然に瞳を逸らして視線を彼からはずし落とした。
 佑輔君は穂積さんのことは知らないわけだし、綾川京子と穂積さんの関係を知ってるわけ……

「あ、もしかして」

 佑輔君は組んだ脚を戻すと、のけぞるようにベッドに手をつき天井を見上げた。
 そして次の瞬間、彼の口からでた言葉に、わたしは背筋が凍りつくほどの衝撃を覚えた。

「もしかして綾川京子(ハハオヤ)と、ホヅミさんが一緒にいるところでも見た?」

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