それでも、課長が好きなんです!
「ちょっとだけ、期待しちゃった気持ちもあったけど、もう分かりました」
「何が?」
「わたしには縁のない人だったんですね」
「諦められるの?」
「諦めるもなにも……諦めざるを得ないし、思い続けたって……報われないなら」

 佑輔君の話は事実なんだと、変な確信がわく。
 事実であっていいんだという気持ちもある。
 詳しいことは分からない。
 穂積さんの事情も、気持ちも結局分からないけど。
 もう、知る必要も……

「なんで泣いてるの?」

 佑輔君の声に慌てて頬に手を当てる。
 湿った感触はない。

「泣いてなんか……」
「さっきから、笑ってるつもり?」
「え」
「泣いてるよ、千明」

 何言ってんのかな、この人は。
 泣くというのは、目から涙をボロボロと流して、拭っても拭っても溢れてわたしの袖にシミを作る。
 いつになったら止まるのだろうと途方に暮れて、いつの間にか眠り、目が覚めた時には目が真っ赤に腫れてるの。
 そう、二度目に振られた夜がそうだった。

「今だけじゃない。時々、一緒にいる時も泣いてた」
「なに言って……」
「そっか、アイツのこと想ってた時だったんだ」
「もう止めてください!」

 大きな自分の声に驚いて、フォローをしようと頬を緩めた。

「なんか、今はちょっと混乱しちゃってるだけで、もう大丈夫ですから」

「遊ばれたのかなーって思ったら、虚しさより腹の方が立ってきました」

 腹が立つなんて嘘。
 嘘をついている自分に何より虚しさを感じた。

「あーあ! 今日合コンあったのに、断って損しちゃった!」

 明るい声でそう告げたけど、目の前の佑輔君は笑ってはくれなかった。
 口を固く閉じたまま、視線を落としじっと何かを考えているように見える。

「あのさ」
「はい……?」
「もう一回振られてきてくんない?」
「はい!?」

 佑輔君の表情は無表情だけど、冗談を言っているようには見えない。

「今度はちゃんと全部相手の汚いとこ本人にしゃべらせて、完全に諦められる納得できるような振られ方を」
「な、なんで!?」
「千明が笑えないから」
「あのぅ、さっきから……わたし一体どんな顔を」
「超ブサイク」
「……」
「その顔、見たくない」

 しばらく合っていなかった瞳がやっと合って、鋭さを含む力強さを感じて思わず目を逸らしてしまった。
 見たくない顔、って……。
 見るに堪えない酷い顔?
 一体どんな顔してんのよ、自分。

「別に、わざわざもう一回振られなくても今度こそ、時間が経てば……」
「時間ってどれくらい?」
「そんなこと言われても」
「俺は今すぐに千明が欲しいんだけど」
「……は」
「俺、根が真面目だから他の男を想ってる女に無理矢理手を出したりなんか出来ない」

 淡々と通常のトーンで語る佑輔君の姿に、どこも違和感は見当たらないけれど。

「思わずキスしちゃった日も、あのあと自己嫌悪に陥って……あ、でも一瞬だったけどさ」

 ふざけて笑って見せる様も、何度となく見てきた笑顔だけれども。
 今……、なんて?

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