それでも、課長が好きなんです!

第20話 揺れる心

 綾川京子が現れ縁談の話をしたところまで話して、また涙が出てきそうになってコーヒーを入れると言ってその場を離れた。
 一通り、佑輔君には話すことができた。
 大きな衝撃を受けたけど相手に説明をするには、ほんの五分程度の出来事だったんだ。

 「どうぞ」とコーヒーカップをテーブルの上に二つ置いた。
 自分の分を手に取って口につけた瞬間、「苦っ」という佑輔君の言葉と同時に自分の眉間に深いシワが。
 わたしのコーヒーは、めちゃくちゃ薄い。 
 コーヒーも、まともに入れられない精神状態……なんだと思う。

「ご、ごめんなさい……」

 佑輔君は何も言わずにコーヒーカップをテーブルに置くと、ゆっくりと口を開いた。

「苦労してるからね、あの女(ひと)」
「苦労って……あんなにも華やかな世界にいる人が?」

 先ほどの、綾川京子の言葉が頭の中に響く。
 『分かってるよわよね、聡。あたしがどれだけ苦労してあんたをここまで育ててきたか』。
 あの時もいまいちピンとこなかったけど、今聞いても現実味を帯びない。
 さらに、先日、職場の先輩が綾川京子について語った言葉を思い出す。
 『歳がいってからブレイクしてるじゃない。長い下積みを経た苦労人だから応援したくなる』。

「苦労……されてたんでしょうか」
「聞いた話だけど、大恋愛の末、若くして子供を産んでるらしいよ。息子との歳の差を考えると十八で産んでるね」
「じゅうはち……」
「相手も若かったらしいよ」

 自分が十八の頃をふと思い出してみる。
 当時は大学生で、恋と遊びに夢中で、勉強は……少しだけ。
 勉強が仕事に変わっただけで、今とあまり変わっていないかもしれない。自分自身に恥ずかしさを覚える。
 十八で子供を産むことがどれほど大変なことか……
 佑輔君の「結局さ」の言葉に再び彼の言葉に耳を傾ける。

「相手には捨てられて親にも見放されて……女優としても成功したのって三十代後半だっただろ。無名の監督作品だったけど大胆なヌードシーンで注目浴びて。ほんとは脱ぎたくなんてなかったんだって」

 いろいろなことが一気に頭に入ってきて少しの混乱。

「捨てられ……?」
「相手と結婚はしてなかったみたいだよ」
「どうして……」
「二人の間に何があったのかは知らないけどさ、同じように先に子供を作った息子を見て自分と重ねて見た部分があるのかもね」

 『一時の感情に流されて選択を誤ることでどうなるか、あんたは一番近くで見てきたじゃない』。
 自然と、先ほどの綾川京子の言葉が頭の中に流れてくる。

「だからって、それだけで彼女との仲を引き裂くんでしょうか……」
「それだけじゃないと思うけど 」

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