それでも、課長が好きなんです!
総務に寄り鍵を借り、普段あまり人が立ち入らない部屋の扉を開ける。
中はとても埃っぽい。
窓を開け払いたいところだけど、以前窓から入ってくる風に乗って資料が散乱した記憶があるためそれは出来ない。
あの時は穂積さんの命令でここにいたっけ。
同じように仕事に失敗して資料室送りになって……
「ここで何をしている」
「……穂積さん!」
穂積さんは資料室に一歩立ち入ると扉を閉め、ゆっくりと中へと入ってきた。
「たまたまおまえを見かけて……どこへ行くのかと思ったら、ここか」
「業務命令でここに来ているだけです」
「雑用か。今度は何をしでかしたんだ」
「バレてる」
得意げな笑みを見せると「俺を誰だと思っている」と言った。
以前よりずっと態度が柔らかくなった彼に、わたしはこう答える。
「誰って。彼氏、ダーリン、王子様」
「……やめないか、会社(ここ)で」
扉の方に目を向け落ち着かない様子の穂積さんとの距離を縮める。
「そんなことより、最近忙しいって言って全然会ってくれませんよね。土日だって、部長と二人きりで温泉旅行……」
「旅行じゃない。出張だ」
「部長ずるい」
「オヤジに嫉妬するな」
「ふふ、オヤジって」
「俺、正直あの人は苦手だ」
「分かる。同じこと何回も言うし。全然名前も覚えてくれない。前の部署の時、何年も一緒にいるのに瀬田さんとか瀬戸さんとか……鈴木さんって呼ばれたときは超びびった」
「ふっ、でもおまえ、めげずに毎回「瀬尾です」って言ってたよな」
こんな風に、穂積さんと笑って上司の悪口を言い合えるなんて、以前なら考えられなかった。
わたしには心を開いてくれているのが分かって、自分にしか見せない一面があるのだと思うと嬉しくてつい調子に乗ってしまう。
もっと、見せてって。
「じゃあがんばれよ」と言い立ち去ろうとする穂積さんの腕をがっしりと掴んで捕まえる。
「今日お昼ご一緒しませんか?」
「しない。何度も言ってるが会社では……」
「じゃあ、今日、久々にお家も行ってもいいですか?」
「今日中に、ここでの仕事が終わるのか?」
「何が何でも終わらせて見せます」
諦めたように小さく微笑むとわたしの頭に手を乗せて「ま、がんばれ」と言った。
これは……OKってこと、かな。うん、きっとそう。
再び去ろうとする穂積さんの腕をもう一度掴んで捕まえ、今度は彼を見上げて瞳を閉じた。
「……何をしている」
「何って、分かってるくせに」
恥ずかしさを我慢して、穂積さんの戸惑う姿を想像して笑いまでこらえる。
でもキスしてくれるまで、絶対にこの手を離さないんだから。
「今ここでキスしてくれたら、無敵になれる気がします」
「意味が分からない」
「今度もしまた、心が折れそうなくらい辛いことがあっても、強大な敵が現れたとしても」
一歩距離を縮めて、身を寄せる。
「穂積さんのお母さんが相手でも、今度は絶対に逃げません」
しばらくの沈黙。
キスしてくれるまで……手は離さないって決めたけど、目は、開けてもいいかな。
我慢し切れずに目を開けようとしたその時。
背中にまわった手がわたしを抱き寄せて、唇に自分の望んだものが降ってきた。
この人が、会社(ここ)で、してくれた。我儘言ってせがんだのは自分だけど信じられない。
嬉しくて、相手の顔を見上げようとしたけど頭を胸元に抱き寄せられて身動きが取れない。
手をばたつかせていると右手を取られる。
「俺は今まで、想われてばかりだったが……俺ももう、二度と大切なものを見失ったりしない。だから、何があっても千明のこと手離す気はない」
繋がった手を指を絡めて握りなおすと、相手の手に力がこめられるのが分かった。
「幸せかって聞いたことがあったよな。幸せだよ、……今。今までに感じたことのないくらいの幸せを感じてるよ」
顔が見たい。そう思って抱き寄せられた身体を離そうとしても、強く胸に押し付けられてやっぱり身動きが取れない。
「ちょ、ちょっと。離してください! 顔が見られないじゃないですか!」
「見なくていい」
「照れ顔! 今を逃したらもう一生見られないかもしれない照れ顔が見たい!」
「今言ったじゃないか。離さないって」
「えっ、今この瞬間のことを言ってたんですか!?」
穂積さんは、会社では自分たちの仲がバレるのは嫌だって思ってるみたいだけど。
この調子じゃ、バレる日も遠くないかも。わたしは、バレちゃえって思ってる。
だって、今すぐにでも大声で宣言して走り回りたいくらいに、わたしも幸せだから。
<おわり>
中はとても埃っぽい。
窓を開け払いたいところだけど、以前窓から入ってくる風に乗って資料が散乱した記憶があるためそれは出来ない。
あの時は穂積さんの命令でここにいたっけ。
同じように仕事に失敗して資料室送りになって……
「ここで何をしている」
「……穂積さん!」
穂積さんは資料室に一歩立ち入ると扉を閉め、ゆっくりと中へと入ってきた。
「たまたまおまえを見かけて……どこへ行くのかと思ったら、ここか」
「業務命令でここに来ているだけです」
「雑用か。今度は何をしでかしたんだ」
「バレてる」
得意げな笑みを見せると「俺を誰だと思っている」と言った。
以前よりずっと態度が柔らかくなった彼に、わたしはこう答える。
「誰って。彼氏、ダーリン、王子様」
「……やめないか、会社(ここ)で」
扉の方に目を向け落ち着かない様子の穂積さんとの距離を縮める。
「そんなことより、最近忙しいって言って全然会ってくれませんよね。土日だって、部長と二人きりで温泉旅行……」
「旅行じゃない。出張だ」
「部長ずるい」
「オヤジに嫉妬するな」
「ふふ、オヤジって」
「俺、正直あの人は苦手だ」
「分かる。同じこと何回も言うし。全然名前も覚えてくれない。前の部署の時、何年も一緒にいるのに瀬田さんとか瀬戸さんとか……鈴木さんって呼ばれたときは超びびった」
「ふっ、でもおまえ、めげずに毎回「瀬尾です」って言ってたよな」
こんな風に、穂積さんと笑って上司の悪口を言い合えるなんて、以前なら考えられなかった。
わたしには心を開いてくれているのが分かって、自分にしか見せない一面があるのだと思うと嬉しくてつい調子に乗ってしまう。
もっと、見せてって。
「じゃあがんばれよ」と言い立ち去ろうとする穂積さんの腕をがっしりと掴んで捕まえる。
「今日お昼ご一緒しませんか?」
「しない。何度も言ってるが会社では……」
「じゃあ、今日、久々にお家も行ってもいいですか?」
「今日中に、ここでの仕事が終わるのか?」
「何が何でも終わらせて見せます」
諦めたように小さく微笑むとわたしの頭に手を乗せて「ま、がんばれ」と言った。
これは……OKってこと、かな。うん、きっとそう。
再び去ろうとする穂積さんの腕をもう一度掴んで捕まえ、今度は彼を見上げて瞳を閉じた。
「……何をしている」
「何って、分かってるくせに」
恥ずかしさを我慢して、穂積さんの戸惑う姿を想像して笑いまでこらえる。
でもキスしてくれるまで、絶対にこの手を離さないんだから。
「今ここでキスしてくれたら、無敵になれる気がします」
「意味が分からない」
「今度もしまた、心が折れそうなくらい辛いことがあっても、強大な敵が現れたとしても」
一歩距離を縮めて、身を寄せる。
「穂積さんのお母さんが相手でも、今度は絶対に逃げません」
しばらくの沈黙。
キスしてくれるまで……手は離さないって決めたけど、目は、開けてもいいかな。
我慢し切れずに目を開けようとしたその時。
背中にまわった手がわたしを抱き寄せて、唇に自分の望んだものが降ってきた。
この人が、会社(ここ)で、してくれた。我儘言ってせがんだのは自分だけど信じられない。
嬉しくて、相手の顔を見上げようとしたけど頭を胸元に抱き寄せられて身動きが取れない。
手をばたつかせていると右手を取られる。
「俺は今まで、想われてばかりだったが……俺ももう、二度と大切なものを見失ったりしない。だから、何があっても千明のこと手離す気はない」
繋がった手を指を絡めて握りなおすと、相手の手に力がこめられるのが分かった。
「幸せかって聞いたことがあったよな。幸せだよ、……今。今までに感じたことのないくらいの幸せを感じてるよ」
顔が見たい。そう思って抱き寄せられた身体を離そうとしても、強く胸に押し付けられてやっぱり身動きが取れない。
「ちょ、ちょっと。離してください! 顔が見られないじゃないですか!」
「見なくていい」
「照れ顔! 今を逃したらもう一生見られないかもしれない照れ顔が見たい!」
「今言ったじゃないか。離さないって」
「えっ、今この瞬間のことを言ってたんですか!?」
穂積さんは、会社では自分たちの仲がバレるのは嫌だって思ってるみたいだけど。
この調子じゃ、バレる日も遠くないかも。わたしは、バレちゃえって思ってる。
だって、今すぐにでも大声で宣言して走り回りたいくらいに、わたしも幸せだから。
<おわり>