それでも、課長が好きなんです!
 相変わらず佑輔君は、暇があれば突然うちに訪問してきて、以前と変わらない、たわいもない会話をして暇を潰している。

「それ、食わないの?」
「下心がみえみえのお土産は、ちょっと」
「なんだよ、前は喜んで食ってたのに」
「そ、それは」
「よく言うだろ? 恋ってやつは下に心があるから下心。俺はまだおまえに恋を……」
「それは違うと思います」

 テーブルに手をつき身を乗り出して訴える。

「三か月の間、少しでもわたしのこと考えてくれました? 毎日毎日、せめて一時間に一度は……」
「ないよ、気持ち悪い。ここに帰ってくるまで忘れてたよ千明のことなんて」
「……そんなの、恋って言わない」

「恋って言うのは下心でするなんて、そんなコソコソしたものじゃなくて、もっと堂々とあの人に会いたいな~とか、独り占めしたいな、とか触れたいな~とか四六時中相手を想って考えて……」
「それは千明の場合だろ~? だから仕事で失敗ばっかするんだよ」
「ほっといてください……!」

 佑輔君は口元には変わらず笑みを浮かべたまま鋭い視線をわたしに向けた。

「俺にたてつくなんて。だいたい、誰のおかげでアイツとうまくいったと思ってるんだよ」
「佑輔さん、佑輔さま、佑輔大先生!」
「よろしい。そうやって、一生俺を敬え」

 佑輔君はわたしのために、綾川京子に会って穂積さんの縁談の話を白紙にしてくれた。
 だからってわたしとの仲を認めてもらったわけではないし、あの母親と言う障害があるのには変わりはないけれど、綾川京子は思った以上に佑輔君の存在を危惧していたらしく、あれ以来、穂積さんの元へ現れて干渉することは無くなったみたい。

「まぁ、人それぞれだよな」

 人それぞれ。
 佑輔君はわたしのことを好きだと言い、それなのに、わたしの気持ちを優先して、穂積さんと綾川京子の間に入ってわたしの背中を押してくれた。

「でもまぁ、千明が言うのが恋だって言うなら、俺の千明への思いは恋じゃなかったってことだ」

 口に出しては言えないけれど。
 穂積さんは全部話してくれた。
 佑輔君は穂積さんをも呼び出し彼を殴ってこう告げたらしい。
 「俺が綾川京子(あのひと)のところへ行ったのは千明のためだ」。
 「本当は二人の仲を取り持つような真似、死ぬほど嫌だ。でも、千明がおまえを想って泣く姿を見るのも同じくらい嫌だ」。
 はじめて、佑輔君の自分への気持ちを明確に思い知った瞬間だった。
 ずっと佑輔君の自分への気持ちをどこか信じていないところもあったけど、はじめてこんな形の恋もあるのだと知った。
 自分のことだけを考えて、ひたすらに相手を追うことしか出来ない自分には到底真似できない。

「恋の形、愛の形は人それぞれですよ。そう言ったじゃないですか」

 佑輔君は声を上げて笑うと「もう忘れたー千明のことなんか」と言い澄み切った笑顔を見せた。
 ちょっと寂しいな……なんてね。
 佑輔君の気持ちを無駄にしないためにも、わたしはもう、迷わないから。

「で? 休日のこんなに気持ちのいい天気の日に、出かける準備してるみたいだけどこれからデート?」
「いや……それが」


* * * 


「ちょっと瀬尾さん!? 瀬尾さんいる!?」

 ヒステリックな上司の声に背を強張らせる。この声のトーンは……やばい。
 わたしがケタを間違えて発注ミスをした大量の印刷物が先週末、我が部署に届けられた。
 週末は出張のため会社にいなかった村雨さんが大量の印刷物を目の当たりにしたのは、今。
 始業のチャイムが鳴る前だと言うのに、すでにお怒り仕事モードだ。

「今日という今日は、我慢の限界。今すぐに資料室に行きなさい」
「資料室……ですか? あんな場所で何を……?」
「うちの部署のここ十年以内の資料を残し、それ以外を選別してすべて、シュレッダーにかけてちょうだい。終わったらわたしに声をかけなさい。終わるまで帰ることは許しません」
「……なっ。すべてって……! 選別するのも、シュレッダーにかけるのも大量……」
「ついでに、あなたが発注ミスしたこの大量の印刷物の処理もお願い」
「……はい。分かりました」
「分かったらさっさと出て行きなさい。……邪魔」

 ……うっ。相変わらず、厳しい……。
 発注をかける前に、先輩にちゃんとチェックをお願いして村雨さんの印鑑だってもらってるのに……。

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