それでも、課長が好きなんです!
 この日も退社をした時間は午後八時を過ぎていた。
 いつもなら残業をした日は寄り道をせずまっすぐに自宅へと帰るのだけど、この日は同じチームでいつも面倒を見てくれる寺島さんに誘われて飲みに出かけた。金曜日だったから、時間を気にせずに飲む事が出来た。
 何度も寺島さんと一緒に来たことのある和モダンの落ち着いた雰囲気のオシャレな居酒屋は、その店の雰囲気と同じで落ち着いて会話の出来る飲み屋にしては静かな店だ。
 会話の内容は夏のお給料の使い道についてや、ほんどは仕事の愚痴だった。

「そのネックレスって…もしかして自分で買ったの?」
「分かります? 新作なんです。ずっと欲しくて!」
「いいなぁ! ちょっと、いくらしたのよ!」
「ふふふーいくらくらいだと思います~?」

 互いにグラスを三杯ずつ空けホロ酔い気分になって会話も弾む。

「まぁ、つらいことあってもボーナスも出るし。だから頑張れるよね~」
「はい!」
「わたし瀬尾さんって密かに尊敬してるんだよね」
「えっ、なんでですか?尊敬できる要素一つも……」
「いやぁ、だってさ。ひとりあんなに怒鳴られ泣かされ……それなのにめげずに明るく毎日よく働けるよなぁって思って」
「寺島さんのおかげです。いつも優しく慰めてくれるし、大好き!」
「もう、かわいいな!」

 ワハハと大きな口を開けて笑う酔っ払いふたり。
 明らかに落ち着いた雰囲気の店の中で浮いている。

「でもさ、穂積さんもちょっと厳しすぎるよね。女でも容赦なしだもんね」
「うんうん」
「真面目だし仕事もできるし。おまけに顔もいよくてモテる要素いっぱいだけど……普段仕事で厳しすぎるせい? びびって穂積さんにアタックできる女の子、なかなかいないよね。てか、いない」
「そ、そうですね~」

 泳ぎかけた視線を自分の手元のグラスに落ち着かせる。幸い、すぐに寺島さんが過去に穂積さんに怒鳴り散らされた話に話題が移ったため内心ほっと胸を撫で下ろした。

「確かに穂積さんは厳しいけど。でもたまーに、優しさ感じる時もありますよ?」
「それはマゾが行きついた先に見る究極?」
「どういう意味ですか」
「あんなに怒られて次の日すぐにケロっとしてるのマゾ以外のなにものでもないよぉ~!」

 別にわたしは怒られて喜ぶなんて危険な趣味、ないもん。
 寺島さんがメニューを手に「次何飲む?」とご機嫌な様子でほほ笑んでいる。
 二時間ほど飲み続け、店を出たときにはふたりとも完全な酔っ払いだった。

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