助手席にピアス

自分でも理解不能な感情に戸惑いながら、泣きたくないのに勝手に零れ落ちてくる涙に苛立ちを感じた。

「おい、大丈夫か?」

低くて優しい声が、頭上が降り注ぐ。

もしかして、琥太郎が彼女のもとに行くのをやめて、私を慰めに来てくれたのかもしれない。

頬に伝わる涙を拭い、期待に胸を膨らませて顔を上げると……そこには桜田さんの姿があった。

「桜田さん……琥太郎は?」

「このケーキをお前に渡してくれと言って帰った」

そう言った彼は、厨房の作業台に正方形の箱を置いた。桜田さんが作ったケーキは絶対おいしい。だけど琥太郎が置いていったホールケーキを、ひとりで食べる気にはなれない。

何故か亮介に失恋した時とは比べ物にならないほど胸が痛み、声を詰まらせながら涙を流す。

「おい、もう泣くな」

頬に感じるのは、涙の雫を掬い上げてくれる桜田さんの指先の温もり。

「桜田さん……甘えてもいいですか?」

「……ああ」

やはり彼は、私のお願いを拒むことができない優しい人だ。

ひとりで涙を流すことに耐えられなくなった私は、桜田さんの胸に飛び込み頬を寄せる。耳に届くのは、トクトクという桜田さんの心音だけ。

規則正しい心音はまるで催眠術のようで……。

ガトー・桜の手伝いをして、琥太郎に対するわけのわからない感情に振り回されて、心身ともに疲れていた私は、桜田さんの広い胸の中でゆっくりと瞳を閉じた。

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