助手席にピアス

「琥太郎が好きな食べ物はすき焼きだって、彼女は知っているの?」

「あ? ああ、この前お互いの好きな食べ物の話をしたからな」

仲良さげに話を交わしている琥太郎と彼女を想像したら、胸がチクリと痛んだ。

「ふぅん。じゃあ、琥太郎がピーマンを嫌いだってことを彼女は知っている? それから、琥太郎の小さい頃の夢は野球選手になることだって……」

「雛?」

琥太郎のことなら、なんでもわかる。

「それから、琥太郎の初恋の人は保育園の美保先生で……」

「雛!」

琥太郎のことなら、なんでも知っている。

つい、この前までは、そう思っていたのに……。

「どうしたんだよ? オマエ、様子おかしいぞ」

今の琥太郎を一番理解しているのは、きっと彼女なんだよね……。

「琥太郎、ゴメン」

「いや、雛? 大丈夫か?」

私を心配してくれる琥太郎の声が妙に優しく聞こえてしまい、不覚にも涙が込み上げてきてしまった。泣きそうになっていることを誤魔化すために、早口になる。

「今日はちょっと疲れたから、もう寝るね。おやすみ」

「あ、ああ、じゃあな」

通話を切ると、ベッドの上に仰向けになった。

琥太郎はただの幼なじみ。それなのに琥太郎の彼女に対して、対抗心をむき出しにしてしまったのは、どうしてだろう。

琥太郎との会話を思い出すと、目尻から一筋の涙が伝った。

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