My sweet lover
「水沢。お前まだ残ってたのか?」


トイレから出て来た社長が、厨房を覗いて言った。


「あ、はい。小降りになるのを待ってるんです」


社長が窓際に近づいて、空を見上げる。


「これ、多分止まないぞ」


うー。やっぱりそうか。


雨は止むどころか、ますますひどくなっているものね。


「ですよね。駅前まで歩いて、バスで帰ります…」


社長の家は歩いて帰るには遠過ぎるし、ちょっと遠回りだけど、バスで帰るしか手段がない。


私はカタンと椅子から立ち上がって、作業台の上に置いていたカバンを手に取った。


「おい、水沢」


厨房に響き渡る社長の低い声。


「少し待ってろ。早めに仕事切り上げるから。一緒に帰ろう」


「え…?」


社長の意外な言葉に目を見開いた。


「そんな驚いた顔しなくても…。
どうせ同じ家に帰るんだ。
少し待てるか?」


コクリ頷くと、社長は社長室へと戻って行った。


一緒に帰ろうと言われて、なぜだか胸がドキドキする。


私の頭の中に、社長と一緒に帰るという考えが一切なかったから。


私は男の人に甘えるとか、優しくされることに慣れていない。


だからなんだか申し訳ないし、本当にいいのだろうかと不安になってしまう。


私はソワソワしながら、社長を待った。

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