嗤うケダモノ
「あ。」
「あら、久我様。」
ハイ、お互いちょっとビックリ。
由仁が廊下に出ると、目の前に着物姿の瑠璃子が立っていた。
ビックリしたとは言え、ソコは百戦錬磨の女将サン。
「今から先生のお部屋にご挨拶に伺うんですの。
お茶をお煎れしますから、久我様もどうぞご一緒に。」
瑠璃子はすぐに営業スマイルを見せた。
だが由仁の視界に、既に彼女の姿はない。
由仁が見つめるのは、瑠璃子の肩の向こう側。
恰幅の良い身体に旅館の名が入ったハッピを着た、白髪混じりの高年の男がソコにいた。
なんだか、青い顔で食い入るように由仁を凝視している。
青い顔…
ってか、土気色? ゾンビ色?
サスガにビックリしすぎだろ。
瞬きすら忘れた男が小さく呟く。
「…そんなはずはない…」
由仁には、確かにそう聞こえた。
瑠璃子に促されて由仁が歩き出すと、男も茫然としたまま着いてくる。
いつまでも後頭部に突き刺さる視線を感じながら、由仁は笑みの片鱗すらない唇を指でなぞった。