嗤うケダモノ


(ヤりやがったな、あのヤロー…)


旅館に戻って客室に駆け込んだ杏子は、顔を歪めて舌打ちした。

せっかくのキレイなお顔が台無しデスヨ。

念のために言っておくが、情事の痕跡が色濃く残るベッドを見ての『ヤりやがったな』ではナイ。

いや、ソレも立派な『ヤりやがったな』ではあるが、今一番の問題点はソコではない。

じゃ、ナニが『ヤりやがったな』なのか。

ズバリ、二人が部屋にいないコト。

始発を待たずにタクを飛ばして帰ってきたから、充分朝食に間に合う時刻なのに。
なんだったら、まだ布団の中で微睡んでいてもいい時刻なのに。

な の に、いない。

こりゃ、間違いなくヤりやがった。
無茶すんなって釘刺しといたにも関わらず、ヤりやがった。

ナニをヤらかしたかも、だいたい予想はつく。

母親デスカラネ?!

身を翻して客室を出た杏子は、着物の裾をつまんで再び駆け出した。

お客様?なんて呼び止める仲居を華麗にスルーして。
雑草だらけの細い通路を抜けて。
桃色の裏庭を横目に見て。

今朝はなんだかやけにスムーズに動く母屋の扉を開ける。

土間に二人の靴はナイ。

だけど、ココにいるンだろ?

杏子の予想は当たっていた。

だって、座敷牢に繋がる階段を下りると、ソコには空狐が待っていたから。


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