【完】白衣とお菓子といたずらと
腕が限界だった俺は、リハビリ室から病室までまた車椅子にお世話になる羽目になった。


「また明日練習して、転倒リスクがなければ貸し出しますね。もう少し慣れないと咄嗟の行動は無理ですから」


「残念だけど、明日また頑張るよ」


まだ今の俺の状態では松葉杖は貸し出せないと言われ、小川さんが車椅子を押して帰室した。


「今週中には貸し出しできると思いますよ。はい、着きましたよ。移乗はお願いします」


話をしているうちにいつの間にか病室に着いたらしく、車椅子をベッドに向かって斜めの状態でブレーキをかけた。……またも、俺を惑わす状態で。


後ろからすればいい物を、俺の左側少し前方に立った小川さんは、左のブレーキをかけた後、その場から俺の身体を乗り越えるような姿勢で、右側のブレーキをかけた。


だから……横着せずに、ちゃんと周れよ。手間を惜しむな。


目の前を触れそうで触れることのできない位の距離で通過していく彼女からは、ふわりといい香りがした。





「……山下さん?」


……っ!!

名前を呼ぶ声に、ハっとした。


思考が現実へと引き戻されると、完全に停止してしまっていた俺を、不思議そうに覗き込む小川さんが居た。


「なんでもないよ。今日もありがとう。お疲れ様」


「…?……おつかれさまでした」


何事もないかの様な顔でお疲れといい、ベッドへと移ると彼女は車椅子をたたみ、病室の隅へと置いて、さっさと出て行ってしまった。


あんなにも距離が縮まったと思ったら、彼女はスッと身を引いて、物理的にも心理的にも距離をとる。


今はただの患者だから当然の事だけど、あまりにもあっさりと帰られるのは正直寂しい。
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