例えばここに君がいて


「私、皆で仲良くしていたいの。……みんなでマル、がいいの」

「みんなでマル?」


まるで自分に言い聞かせるような声が気になって、彼女を横から眺める。
マンションの街灯に照らされた彼女の姿はどこかうつろげで、何かに怯えるようにぽつりぽつり呟くさまは昼間の元気さを微塵も感じさせず、頼りなげに見えた。


「私が子供の時にね、お父さんが言ったの。『うちは皆でマルでいいんだよって』」


指で空間に円を描く。ゆっくり、慎重に。俺が見ても、それが円を描いているのだと分かるくらいに。


「皆でマル?」

「うん。お父さんとお母さんだけじゃなくて、サイちゃんと私も入る大きなマル」


胸元に戻った彼女の手は服の生地をギュッとつかむ。そして小さな声で付け足した。


「……パパも一緒でいいんだよって」


その一言で、なんだか色々なものが理解出来たような気がした。

学校の奴らは知らない、サユちゃんのトラウマ。
大好きな父親と血が繋がっていないという現実。

今彼女が言った“パパ”は、おそらくサユちゃんの本当のお父さんのことだろう。
まだ彼女が小さい時に死んだということしか俺は知らないけど、おじさんにとっては複雑な存在であることは間違いない。

『葉山先輩って、人類みな兄弟って感じだもんね』

新見の言葉が、脳裏をよぎる。
何も知らない奴でもそう思うくらい、サユちゃんはいつも、みんなで仲良くしようとしていた。
誰が無理難題を言っても笑う。角を立てないように自分がうまく立ち回りながら、頑なに。
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