例えばここに君がいて

 気を取り直して、俺はグラウンドに向かった。
ランニングを始めている先輩たちがチラホラいる。
グラウンドの右端ではサッカー部が、奥にあるテニスコートでテニス部が、そしてフィールドのところで陸上部が集まっている。さすが高校、校庭も広い。

 陸上部の方へ向かう俺の背中を追うように、でかい声がした。


「おーい、サトル。一緒に行こう」

「颯」


 楓は息を切らしながら俺の隣まで一気に走ってくる。


「陸上部の顧問って、木下先生っていうらしい」

「ふーん」


 先生の名前はどうでもいいや。

 俺が陸上を始めたのは、中学に上がってからだ。
 きっかけは父さんの昔のアルバム。今でこそ静かで落ち着いた佇まいを見せる父さんだが、高校の時にはそれなりに名の知れた選手だったらしい。

選抜選手に選ばれたこともあり、それを見ていた母さんが一目惚れした……っていうのは父さんの勝手な言い分だが。

あの母さんにそんな純情期があったなんて想像も付かない。


ところが、ある一時期を過ぎると、父さんの走る写真が無くなった。
本人に聞いても「辞めたんだ」というばかりで、母さんに聞いても「内緒よ」と笑われるだけだ。

わからないことは気になる。
だから俺も走ってみようと思った。走って見える景色を追い求めてみようって思った。

そうしたら血のなせる技なのか結構良いタイムが出て、中学時代は市大会短距離走で入賞するようになった。
こうなったら楽しいだろう。誰だって褒められるのは好きだ。



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