例えばここに君がいて


 俺は通学路を疾走しながら、どこか落ち着けそうな場所を探した。
全速力で歯をくいしばって、人にぶつかりそうになりながらも何とか川辺まで辿り着く。
ポケットのスマホはガンガン鳴り響いていたけど、夏目からだからシカトする。
無音モードに切り替えて放っておくことにしよう。


「はぁっ、あっちぃ」


すっかり汗だくになった俺は、堤防のへりに座り風が通り抜けるよう襟元をバタつかせて空気をいれる。
しかし、完全なる見当はずれの苛立ちが俺の中で暴れていて、その熱は冷えることは無かった。


……思い出の中のサユちゃんは一人だった。
いつも思い返せば俺だけを見ていた。

でも現実のサユちゃんは違う。
彼女を取り巻く世界があるってことを、俺はすっかり失念していた。

彼女を想う人間が周りにいて、彼女も彼らの声に反応して、言葉を返す。
俺がずっと望んできたことは、彼らにとって当たり前のことだ。

それにこんなにムカつく。
サユちゃんのせいじゃないのに。

夏目のせいでも木下のせいでもない。
でもあいつらのせいにならしたいけど。


「……俺って心狭い」


っていうか、こんなことに苛つくなんて。


「好きなんじゃん? やっぱ」


頭を抱えて、自覚する。

思い出のサユちゃんはもういない。
ここにいるのは現実の彼女だ。その彼女に望んでしまう。

もっともっと俺だけを見て。
俺だけにその声をきかせて。


「……はぁ」


漏れる熱い溜息は、火照る自分の体を自覚させる。


「サユちゃん」


小さく呟く彼女の名前に、胸は苦しくなるばかり。




これは恋か?

そう尋ねたら、答えはYESだ。



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