めぐる季節、また君と出逢う
18. 春

 「だけど、駿太郎おじさんは、コウキくんを選んだんでしょ?」
「その時は、羽田君を選んだんだよ。」
「え?そうなの?じゃぁ、どうして駿太郎おじさんは今、コウキくんと一緒にいるの?」
「羽田君とバイバイして、それから、コウキおじさんともう一度恋愛したの。」
「どうやって?」
「それはまた今度ね。長くなるから。」

 大きな丸い目は、駿太郎が丁寧に紅茶を入れている姿に注がれていた。不揃いな前髪に白いものが混じり始めている。駿太郎は目配せするように少女を見て笑った。
 「なあに?」
「ううん。本当に、駿太郎おじさんは綺麗だな、と思って。」
「おやおや。クッキーをもう一枚如何?」
「うふふ。そんなつもりじゃなかったんだけど。ありがと!──美味しい」
「良子さん直伝だからねえ。」
   少女の目はどこか良子に似ている。遠くても血のつながりは水よりも濃いと思わせる。駿太郎はキッチンの窓から外を見た。春の光の中に、良子がいるような気がした。このキッチンで良子が彼に昔語りをしたように、今駿太郎がこの少女に昔語りをしているのが不思議な気がする。良子が語った高科の家や秀春夫婦の恋、そうした恋や愛が成せる脈々と続く血や家や、それから何よりも、良子が語ったあの頃の高科のこと。男同士であることに戸惑いを見せた出逢ったばかりの頃の高科も、自分を手放した後の高科も、自分をもう一度愛してくれた高科も、見守った良子の目から語られる高科は、駿太郎が知っている高科と駿太郎が知らない高科がいつも交じり合っていた。このキッチンで語られた高科のすべてを駿太郎は受け止めて、そしてこの人を愛していくと覚悟を決めた日のことを今でも昨日のことのように思い出す。

「ただいまー」
 勝手口のドアは最近閉まりにくくなった。高科はダンボールを抱えたまま大きな音を立てて勢いよくドアを閉めた。
「それ、早く直そうよ。」
 駿太郎は耳を塞いで言う。少女は目を白黒させていた。
「春さん、元気だった?」
「うん。元気だったよ。」
 一昨年、良子を亡くした秀春は目に見えて憔悴し、病院を行ったり来たりしていた。ペンションの後を継いだ高科と駿太郎が仕事の合間を縫って交互に見舞いに行くと、嬉しそうな顔をするけれど、本当はもう生きる気力をなくしているようにも見える。駿太郎は、秀春を見るといつも思う。誰かを想う気持ちだけで、生きているということがあるのだということ。人が生きているということは、食べて寝て、働き、それらすべての事が誰かを想い続けることで成り立っている。それは自分自身のこともあるし、自分が大切だと思う誰かなのかもしれない。秀春の場合にはそれが良子だったということなのだろう。もしも、秀春と良子の間に子どもが居たら、秀春はこんなにも憔悴することはなかったのだろうか?良子を亡くした事が、秀春の愛情の半分をなくしたことなら、子どもに預けたもう半分で生きる希望を見出しただろうか?
 自分はどうなんだろう。いつか時が来たら、自分が先に逝くか、それとも高科が先に逝くか、それは神様にしか分らないことだけれど、失ったものの代わりに何を支えにしていけば良いのだろう。自分も秀春のようになるのかもしれない。そこに、この少女はいるのだろうか。あるいは、そうかもしれない。
 「駿?紅茶、俺にもくれる?」
「ん・・・」
 高科は最近とみに、初めて出会った頃の秀春に似てきた。
「何?」
「いや、渋くなったな、って思って。」
「それ、紅茶の事?俺の事?」
 少女の高らかな笑い声が春の柔らかな日差に温むキッチンに響いた。

 人生は、短く、そして長い。途切れることのない生命の営みは花を咲かし、実を実らせることも、あるいはただ、枯れて行くことがあっても、巡る季節はやはり美しく、それを享受するものだけが、「生きた」と言い切れる強さを胸にこの世を去るのかもしれない。



終わり

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