赤ずきんは狼と恋に落ちる
「嘘……」
ポツリと零れた言葉に、忘れかけていた柔らかい笑みと一緒に、「違う」と返ってきた。
「……久しぶり。元気、そうに見えへんけど」
その困ったように笑う顔。
優しい目。
「千景さんだ……」
全身の力が抜けそうになるのを必死で堪えながら、ずり落ちた鞄を右肩に掛けた。
じいっと見つめる。
千景さん。
スーツ姿もいいなあ。
何でここに居るんだろう?
足を一歩踏み出した瞬間、グチョンとパンプスが鳴り、はっとする。
「千景さん何でこんなに濡れてるんですか?!」
「いや、傘持ってくるの忘れたから」
「風邪ひきますよ!ちょっと待っててください、今拭くもの持ってきますから!!」
一方的に捲し立て、ガチャリとドアを開け、玄関に入れる。
「そこに立っててください!バスマットとタオル持ってきますから!あ、あとシャワーも!」
自分の濡れた足に滑りそうになりながら、適当に2枚ずつ持ってきて広げる。
「はい、シャワー行ってください!」
「りこが先でええよ」
「いいから!」
ぐいぐいと千景さんの背中を押し、お風呂場に閉じ込めた。
千景さんが何かを言いかけたような気がしたけれど、今はそれどころじゃない。
私が、だ。
ドアを静かに閉め、タオルに顔を埋める。
「何でなの……」
戸惑いやら嬉しさ、気恥ずかしさやらちょっとの憤り。
ぐちゃぐちゃになった心を隠すように、タオルで髪をわしゃわしゃと拭いた。