赤ずきんは狼と恋に落ちる
一瞬だけ、時が止まった。
涙を溜めた目を見開いて、唇に伝わる感触だけに集中する。
どうして?
千景さん、どうして?
頭の中では、ぐるぐるとクエスチョンマークだけが回っている。
店内のお客さんの視線と、2人の視線を背中に感じ、少しだけ千景さんから離れてみる。
すると、掴まれた手首をグイッと寄せられ、顎を持ち直し、また角度を変えられ深く口付けられる。
「…ん……っ」
私のはしたない声を聞かれないように、今の自分に出来る精一杯の我慢。
それを揺さぶるかのように、千景さんは一度唇から離れ、また下唇に軽くキスをする。
掴まれていない方の手で、千景さんに上着を握り締める。
「もう無理です」と伝えようとしたつもりだけど、彼にはそれが伝わらなかったらしい。
顎を支えていた手と、手首を掴んでいた手を髪に絡め、最後に唇の端をチロリと舐め上げた。
私ににこりと笑うと、さっきから私たちをじっと見ている彼に向かって、こう言い放った。
「りこ。こんな所で前の彼女の悪口しか言えないような奴と知り合い?」