=黒蝶=
=・・・事務所=
扉の上の方に、古い看板が申し訳程度に立てかけられている。古いせいか事務所以外の文字が読めない。なんとか事務所に俺はお邪魔するようだ。
扉の前で何かをカチャカチャやってるクロテに目を戻すと、ちょうど作業が終わったようで目の前の扉が音を立てて開いた。
「あ、お帰りなさい!クロ!」
「やあ、お利口さんにしてたかな?オトハ」
扉が開くとすぐに少女が飛び出しクロテに抱きついた。クロテさんは今まで見た中でも一番優しそうな顔をしてオトハと呼ばれた少女の頭を撫でている。俺はびっくりしてその様子を見守った。え、まさかクロテさんパパさんなの?!その年で!!
「違う違う、事務所のメンバーだよ」
「あ、そうなんですか…ってどうして俺の心の声が!!」
「君、わかりやすいって言われない?」
ニコニコと楽しそうに俺を見てる。もちろん否定したがあの様子じゃ信じてないだろう。
そんな事をしていたら下の方から刺さるような視線を向けられてることに気づいた。
じーーーーっ・・・
オトハが俺を見てる、というか睨んでる。
「えっと…」
反応に困ってると、クロテさんが俺を紹介してくれた。
「さっきそこで会ったんだけど、家がなくて困ってるんだって。あっと名前は」
「あ、そういえば言ってませんでしたね!ジカルッタ・レオナルンド…レオナでいいです」
「よろしく、レオナくん」
「…」
「ほら、オトハも」
まだ睨みつけてる、もしかして人見知りしてるのかな?
――いや、ただ単に俺が怪しいだけか。
こんな夜中に現れてて不審に思わないわけがない。
「クロ、このちっこいの、匂う」
「ちっこい!?におう!?」
やっと口にしたと思ったら、とんだ暴言である。
「俺はまだ成長期なだけで、チビなわけじゃないし!!てか、匂うってほんと!?」
急いで体に鼻を当て確認するが、特に異変は感じない。自分のことだからなのか?
困ったような顔をしてクロテが笑ってる。
「こいつ、あっちの住人、だ」
あっちって...と言う前になんとなくわかってしまった。
多分新街のことだろう。俺は確かに昨日までは新街の方で住んでいたしそれを隠すつもりはなかったが、あからさまに嫌悪されて...傷つかないわけでもない。
「...」
「うん、そうだね」
クロテが、しゃがんでオトハと同じ目線になる。頭を撫でながら優しく言い聞かせ始めた。
「いつもありがとう、でもレオナは大丈夫だから、ね?」
「うん、わかった」
こくりと頷いてオトハが納得してくれた。俺はほっと胸をなでおろす。
「お腹すいたな、今日のご飯は?」
「しちゅー。シャドーがさっき作ってたよ」
「それは楽しみだなー」
オトハと手をつないで玄関に入っていくクロテを見守ってると、ちょいちょいを手招きされる。俺は再度お礼を言いお邪魔した。中から美味しそうな香りが流れてくる。
旧市街でも、こういう生活をしてる者はいるんだな...
また一つ感動しながら、俺は事務所の奥へと入っていった。
事務所の外観はほかの建物と同じぐらいボロくさかったけど中はとても新しい作りになっていた、改装したのかな?キョロキョロと見回しながら歩いてると
「おーい、こっちこっち」
廊下を進んだ先にある広い部屋に案内された。
生活感の滲み出る部屋だった、きっとここは仕事場ではなく住み込み社員用に用意された生活場なのだろう。奥にある小さなキッチンと皿がたくさん並べられた食器棚を見ながら俺はふと考えていた。
「はーい、シャドーくんお手製シチューだよ。」
「ありがとうございます」
俺がちょっと不思議そうに皿を見ている事に気づき、まるで心が読めるかのように説明してくれた。
「あ、シャドーくんっていうのはオトハと同じ事務所のメンバーで今は仕事でいないんだ。今度紹介するね」
「そうなんですか、いただきます。シャドーさん!」
綺麗に洗われたスプーンでシチューをすくう。
口元に運ぶ前から香ばしい良い香りが鼻を包んだ。
ぱく
「..!美味しい!」
「ははは、レオナくんは運がいいね。シャドーくんはここ一番のお料理上手だから」
「あ、他の方も料理をされるんですか?」
熱々のシチューを火傷覚悟でバクバク口にかきこみながら聞いてみた。
俺の向かいに座るクロテさんがニコっと笑ってスプーンを持つ手を止めて話し出す。
「うん、ここは住み込み契約だから皆ここで生活してるんだよ。だからご飯も毎日担当の人が作るんだ。あ、もちろんオトハだって作るんだよ」
「...」
クロテさんの左隣に座っているオトハちゃんはじーっと話を聞いている。そして、驚くことに彼女はもう食べ終わっていた、俺たちよりも3倍は大きいサイズの皿をこの数秒で。恐ろしい吸引力。
「中には、まあ、チャレンジャーな奴もいるから、その時はすごい料理が出てくるわけなんだ、ははは」
顔を暗くさせながら笑われて、無意識に椅子を引いてしまった。どんだけすごい料理なんだろう...というか、よかった!ほんとよかった!!シャドーくん美味しいシチューをありがとう!!!
俺が天に感謝してると、時計がぽっぽーと鳴り出した。
「あ、もう九時なんだ。そろそろ良い子は寝ないとね」
壁に立てかけられた時計の針が九時を指している。そうか、もんなこんな時間だったのか...昼にこっちに着いたから旧市街に来て半日ぐらいたったってこと。
「ほら、オトハ。シャワー浴びておいで」
「うん」
目をこすりながら欠伸をしてる。
クロテさんが廊下までついて行ってやったらそこからは一人で歩いて行った。
俺は残りのシチューをお腹に入れて、一息をついた。
「ずっと気になってたんだけどさ」
「あ、はい」
クロテさんが食後のお茶を淹れながら聞いてきた。俺は姿勢を正していつでも答えれるようにする。
「どうして君は、こっちに来たの。あ、旧市街ってことね」
「...」
「答えたくないなら、いいんだ。でも新街改革後の今はこっちに人が来ることなんてありえないだろ?それに新街にいた人間がこっちに来るなんておかしい」
「確かに、こっちの暮らしは最悪です」
半日で、全財産を失い人攫いにあいかかるなんて普通の街とは言えない。でも俺はそれを承知できたのだ。
「でもそれでも来たかったんです、自分の目で確認したくて」
「そっか」
俺は大した情報も言ってないのに、クロテさんはにこりと笑って満足したように頷いた。
「うん、深く聞かないから安心して。あとここには好きなだけいたらいいよ」
「えっそんなにお世話になるわけには!」
「いいよいいよ。それにこっちの言葉を使えば...君が財布を取り戻したとき、返してくれるでしょ?ってことさーあはは」
なるほど。俺が帰るあてがあるってバレてたか。
その言葉に苦笑しながら俺は頷く。
「もちろん、お返しします!えっと、それなら一週間程滞在させてもらってもいいですか?」
「うん、じゃあ早速だけど、その間の君の担当を伝えておくね」
「はい!」
時計の隣りの壁にかけてあるボードを机に持ってきて、テキパキと教えてくれた。俺はなんだかそれを聞きながら、何故かあったかい気持ちになっていた。
家族って、こんな感じなんだろうか...なんてな。
「誰も血縁的には家族じゃないのに、不思議だよね。」
「えっ」
また心を読まれたのか、と思ったけどもしかしたら無意識的に口に出していたのかもしれない。クロテさんはボードから目を離さずに話してるだけだし。
「僕らみんな、本当の家族とは分かり合えてないのに...ここはすごく馴染めるんだ。」
困ったような照れくさいような複雑な笑顔を向けられる。
俺は目を離さずそれに頷いた。
「いいと思います!」
本当の家族と分かり合えてない、訳ありの人たち。
不思議なぐらい納得のできる言葉だった。
人見知りのオトハちゃん、常に笑顔を絶やさないクロテさん。
そして、旧市街に住む様々な人たち。
これはすべて
新街改革が引き起こした歪から産まれたものだ。
俺は...俺は...!
拳を握り締め、息を吐き出す。
「はい、お茶」
「ありがとうございます、いただきます」
「熱いから気をつけてね」
「あっつああ!」
「はははは」
「クロテさーーん!!」
「ごめんごめん、はははは!」
また目に涙をためて笑ってるし!!
どんだけ俺がツボなんだよ!!
でも、なんだかおかしくなって俺も笑い出してた。
――そうして
最悪で最高な、旧市街に来て初めての一日が終わったのだった。