box of chocolates
「わぁ、美味しそう」
 いつもより閉店時間を早めて、家に帰ると、テーブルにごちそうが並んでいた。
「ケーキは、あとのお楽しみね!」
「ごちそう食べた後に、食べられるかな」
 ガトーショコラではないことを、心の奥で願っていた。
「みんな座って! 乾杯しましょ!」
 母が、父と私を席に座らせた。
「杏、誕生日おめでとう! かんぱ~い!」
「ありがとう。食べていい? お腹、空いてきちゃった」
 あれ以来、居心地が悪かった。正直、父の顔は見たくないし、ふたりの間に立って明るく振る舞う母には申し訳なく思うし。私がいなければ母がこんなに気を遣うこともないだろう。
「いただきま~す」
 そして、こうやって無理に笑顔を作るのにも、疲れていた。今日は、テレビがついていなかった。誕生日パーティーだから、あえてつけていないのだろうか?母が、ふたりの間に立って、たわいもない会話をする。ご近所のワンちゃんに赤ちゃんが産まれて、子犬を抱かせてもらったとか、卵を割ったら黄身がふたつ出てきたとか。 私があまり話さなくなったせいで、すぐに会話が途切れてしまう。父が元々、無口な人だからだ。そのうち、食事の音以外なく、静かになってしまった。早く食べて、部屋に戻ろう。そう思った時だった。
「杏、この夏は、何か予定はあるのか?」
 父が口を開いた。
「別に……」
「そうか。それなら、この夏は、修行に出ないか?」
 まさか、また八潮さんのところ? 私が貴大くんと別れたから、八潮さんと本気で結婚させようと思っているの?


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