box of chocolates
 どこをどう歩いたのか、広場にたどり着いた。並んでベンチに座る。
「ごめんね。オレがダービーを勝てなかったばっかりに」
「ねぇ? やっぱり、無理だよ……」
 涙声で貴大くんに訴えかけた。
「貴大くんが、他の人の手を」
 今は、まだ私を想ってくれているかもしれない。でも時間が経てば、私を忘れてしまうだろう。貴大くんが、他の人の手を、心を、体を、愛してしまう日が来る。そう思うと、哀しくて苦しくて、とてもやりきれない。今日という日は、永遠に続かない。明日を連れて、去って行ってしまう。明日が来る前に、私たちはまた離ればなれになってしまうのだ。
「他の人なんて、いない」
 そのひと言に、涙で濡れた顔をあげた。
「ずっとこんな顔してたの? 今日、会うまで」
「だって……」
 こらえようとすればするほど、涙は止まらなくなるものだ。貴重なデートの時間に、泣きたくなんかないのに。笑顔で貴大くんの顔を見ていたいのに。
「貴大くんじゃなきゃだめで。別れを受け入れられない」
「でも。認められないまま、付き合うことはできない」
「いや!」
「杏ちゃん……」
 泣きたくなんてなかったのに、こぼれてもこぼれても涙がどんどん溢れ出る。
「これから頑張って結果を出して、騎手として、堂々と胸を張れるようになったら、必ず迎えにいく」
 貴大くんはそう言って、私にそっと口づけをした。
「今は、お互い辛いけれど。杏ちゃんのこと、好きだから。どんなに高い壁でも乗り越えてみせるよ」
 私も、泣いてばかりはいられないと思った。タオルで涙を拭うと、笑顔を見せた。
「貴大くんが好き。大好きだからね!」
 私の言葉を受け止めて、照れ笑いを浮かべる貴大くんを可愛い人だと思った。





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