box of chocolates
「初めての競馬場は、どうでしたか?」
 なんとなく会話ができなくなった私に気付いたのか、戸田さんから話しかけてくれた。
「すごく迫力があって、楽しかったです」
「それは良かった。良ければ、また……」
 戸田さんが遠慮がちに、言葉を繋いで言った。
「今度は、重賞レースが観たいです」
 たしかに、迫力があって楽しかった。夜のイルミネーションも素敵だった。でも、私はまだ競馬の面白さにはまったわけではなかった。なのに、どうして『重賞レースが観たい』なんて言ってしまったのか、自分でも不思議だった。
「でも、重賞レースって水曜日なんですよ」
「あっ、でもこれくらいの時間ならなんとかなりますよ!」
 仕事もあるし、無理に茨城から大井競馬場まで行く必要なんてない。それなのに、私はどうして戸田さんと約束を取り付けようとしているのだろうか。
「そう。じゃあ、また」
 そこから、会話が途切れてしまった。


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