box of chocolates
 ふたり揃って病室を後にした。
「川越さん、この後、何か予定はある?」
「ない!」と全力で応える。
「じゃあ、ケーキでも食べに行こうか?」
 戸田さんの軽自動車が走り出した。今日は、車で来なくて良かったと思った。結局、ケーキ屋ではなく、チェーン店のコーヒーショップに立ち寄った。
「このお店のパンケーキがすごく美味しいの」
「じゃあ、それを食べてみようかな」
 ふたりでパンケーキとコーヒーを味わいながら、ゆったりとした時間を過ごす。幸せな午後のひとときだ。
「また明日から頑張れそうだ」
 ストローの袋を指でクルクルと巻きながら、戸田さんが言った。
「夏は暑いから、レースは大変だよね」
「今年の夏は、函館が中心になりそうだから、少しは楽かな?」
「函館に行くの?」
「うん。当分、滞在することになりそうなんだ」
「そうなんだ? どのくらい?」
「一ヶ月くらいかなぁ? 時々、帰ってこれると思うけれど」
「つまらないな」
 自分でもびっくりした。戸田さんに会えなくなるのはつまらない。それが今の私の本音なのだと気が付いた。
「そんなことを言ってくれるのは、川越さんだけだよ」
 戸田さんは落ち着きなく、クルクルと巻いたストローの袋を真っ直ぐに伸ばしながら言った。なんだかかわいい人だと思った。




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