box of chocolates
 私がメールをしなければ貴大くんからメールをしてくることはなかった。八潮さんは、仕事の打ち合わせで毎日のように店にやってきた。特に返事を求めることはなかったけれど、他のスタッフに気付かれないように私のところに来ては、
『今日もかわいいね』
『会いたかった』
『好きだよ』
 揺れる私の心を掴むかのような言葉と、爽やかな香りを残して、去っていくのだった。あの鋭い視線と、渋い声に、グラッと揺れる。でも、まだ信用はできなかった。吉川さんじゃない、他の女性がいるかもしれない。

それにしても貴大くんは、どうしてメールをくれないんだろうか。私がそっけない返事で、電話を切ってしまったから? それとも、元々私のことは、それほど好きじゃなかったってこと? 好きならば、突然、私からのメールが途絶えれば心配するよね? 貴大くん。私は、ますますメールができなくなってしまった。そのまま、金曜日の夜を迎えた。

 騎手は、競馬開催前日の夕方には調整ルーム(宿泊施設)に入らないといけない。競馬の公正の確保、心身の調整を図ることを目的としているので、外部との連絡は一切できなくなるのだ。火曜日、会おうとは言っていたけれど、待ち合わせ場所も行き先も決まっていなかった。貴大くんは、私からメールが届かなくても平気なのかもしれない。このまま連絡が無ければ、八潮さんに気持ちが傾くかもしれない。







< 97 / 184 >

この作品をシェア

pagetop