芸術的なカレシ






沈黙の中、拓の親指だけがせわしなく動く。

「べに」に返信してるんだ。
そう思うと、お腹の底が熱くなる。
彼女の前で、いったい何の約束をしているのか。

グビグビ、グビグビ、と美味しそうに、拓は立ったままでビールを啜る。
拓のために母が用意してくれたビール。
私だけじゃなく、母親までもが侮辱されたような気持ちになる。

うちは無料の定食屋じゃない。
銭湯でもなければ、居酒屋でも。



「あー、瑞季、明日土曜で休みだろ?
たまにはどっか行く?」


罪滅ぼしのつもりか。
拓がスマホから顔を上げると、爽やかな笑顔でこちらを見た。
半乾きの伸びすぎた髪が、首に、額に、頬にまとわりついている。
ああ、憎らしい。
憎らしいけど可愛い笑顔だ。


「そだね」


わざと素っ気ない返事をしても、拓には響かないらしい。


「うむ、たまにはお前と、遊ぶのだ」


そう言ってまた、スマホに視線を戻す。
たまにはお前と?
いつもは誰と遊んでるの?



フィーフォン、フィーフォン


拓のスマホには、再びラインのお知らせ音。
また、「べに」か?

フィーフォン、フィーフォンって。
こんなにも煩わしい音だったかな。
自分のスマホをポケットから出してみる。
着信はおろか、迷惑メールすら来ていない。
私のスマホなんていつも、着信履歴も発信履歴も、メールの送受信歴だって拓と母親で埋まっている。
ラインだって無駄に知り合いと繋がっているけど、拓と明日香くらいとしか、やり取りしていない。
てか、スマホにしたのだってつい最近だし。









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