芸術的なカレシ






しばらく沈黙があってから、拓はスッと立ち上がった。
ガタン、とイスが大きな音を立てて、私はハッと我に返る。

……あれ。
私達、何で別れ話なんかしてるんだろう。




「お前の言いたいことはわかったよ。
悪かったな。
甲斐性のない男で」


吐き捨てるような拓の台詞。

甲斐性のない男?
そんな風に思ったことなんて一度もないけど。
私の言いたいこと、本当に分かってる?



「お望み通り、オレ、もうここには、来ないから」


そう言い捨てて、拓は私に背を向ける。


オレ、モウココニハ、コナイカラ?

って、何でそんなことになるんだろう。
私、そんなこと、望んでた?



「いや、あの……」


違う。
違うのに、言葉が続かない。


ドスドスドス、と、大きな足音を立てて、拓がリビングから出て行く。
私と母親と……いつも拓がいた、このリビング。


ギシギシ、ギシ。
拓が歩く度に、床が痛々しく軋む。

行っちゃうの?
ここにはもう来ないの?
本当に?
私の代わりに、この家が叫んでくれているみたいに。



バタン。

それから、重々しく閉まるドアの音。


呆然と立ち尽くした私は、冷め始めたお味噌汁を手に。
何もできずに、いつまでもそうしているしかなかった。

ただいつまでも。
ぽっかりと穴が空いたような無風の空気が、果てしなく続いていくような気がしていた。












< 50 / 175 >

この作品をシェア

pagetop